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なぜ天に届いたのは、里の者たちの祈りではなかったのか。
善良な、ひとの幸せを願うものではなく、自分のものだったのか。
その日は朝から、しとしとと雨が降っていた。
それでも朝のうちは、まだ止むかもしれないと期待もできる、静かな雨だった。織姫さまは羽衣のはげましに、かすかな微笑みを浮かべて頷いていた。
しかし昼を過ぎると雨は、はげしさを増した。暗い空気に追い打ちをかけるがごとく、雨は力強く屋根を叩いた。
そして夕方が過ぎ、夜になる頃、ついに里長から遣いがやってきた。応対した羽衣の落胆ぶりをみれば、何の知らせか明らかだった。
「そう……」
織姫さまは取り乱すこともなく座したままだった。けれど、その悲嘆は、湿った空気を震わせて痛いほど伝わってきた。
羽衣が気遣わしげにその背を撫でている。
翠華は二人の姿を見つめていたが、やおら踵を返し、雨降りしきる外へと飛び出した。
笠も持たない翠華に、容赦なく雨が叩きつけてくる。一切気にせず、そのまま手足を動かした。叫び出したいような気持ちだった。
どうして自分の心は、こんなにもままならないのだろう。
雨を願ったくせに、織姫さまが悲しんでいるのは、羽を裂かれるようにつらい。
けして叶わない想いなのに、想うことをやめられない。想いはいつも猛り狂う川のようで、押さえつけている間、身体がばらばらになりそうになる。
翠華は走った。涙は雨と混じって流れていった。
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