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常よりも水量を増した天の川は、それでも美しかった。
川幅いっぱいに滔々と湛えられた水には、細かな星の欠片が溶けこんでいる。一見すると穏やかそうに見えるが、星々の煌めきは流され、渦巻き、川が荒れていることを伝えていた。
「本当に行くの?」
羽衣は、かささぎの姿に変じた翠華に傘をさしかけ、翼に雨水をはじくよう油を塗ってくれていた。川を見やる視線には、不安の色が見て取れた。
羽衣には知らせないつもりだったが、織姫さまにずっと寄り添っていたので、仕方なかったのだ。
「翠華。私はかまいません。どうか、危ないことは」
自分の手で傘をさした織姫さまは、そうたしなめた。
油が塗り終わり、翠華は、小さな姿で織姫さまの前に立つ。
「織姫さま。どうかご自身の想いを堪えないでください」
「堪えてなど。一年、待てば済むことです。それに元はといえば、私が悪いのですよ。機織りを怠けなければ、こうして離れ離れにもならなかったのですから」
「そうして理屈を数えても、心には通じないのではありませんか」
言い募ると、織姫さまは、かすかに息を飲んだ。
「自分が悪いのだ、仕方がないのだ、と言い聞かせても、想いは猛るばかりなのではありませんか。心に理屈はありません。ただ慕う気持ち、恋うる気持ちがあるばかり。それを堰き止めるのがどんなにつらいことか、私は存じています」
今が鳥の姿でよかった、と翠華は思った。
人の姿であれば、あの日のように、織姫さまの手を取っていたかもしれない。そうして瞳を覗き込みながら今の言葉を口にしたなら、自分の言葉を呼び水に、翠華こそ想いを堪えきれなかったかもしれなかった。
「織姫さまは、いつも私たちを気遣って微笑んでいらっしゃる。けれど、今は忘れてください。私の無事のことも考えないで。どうか織姫さまの願いだけに、素直になってください」
織姫さまは唇をつぐみ、じっと翠華の言葉を聞いていた。片方の目尻から、つうっとひとすじ、涙が流れていく。
翠華は、織姫さまが頷くのを、静かに待った。
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