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里長が錦を広げると、無数の星屑が床に零れおちたように感じられた。
「今年も素晴らしい出来栄えでいらっしゃいます」
里長の言葉に、織姫さまは謙遜のかわりにか、そっと頭を下げて床に手をついた。里長が、織姫さまの今年お納めになった錦を見分する間、じっと手をついたまま、沙汰を待っている。
翠華はこうべを垂れて織姫さまの後ろに控えながら、主人の楚々としたふるまいを視界の隅に捉えていた。
織姫さまが今年選ばれた図案は、夜空を模した深い紺地に、銀糸で星の煌めきが散りばめられている。床に広げられた錦から、星の海がただよい広がりだし、翠華の膝元にまで広がってくるようだった。
星々のかそけき光に顔を照らされる織姫さまを幻視しながら、翠華は、今年もあの日が近いのだ、と思った。そのまぼろしは、翠華の胸をきゅうっと締めつけるのだった。
夜闇の海に腰をひたされながら、翠華はまぼろしを振り払うように二度、瞬きをした。
「……たしかに、お預かりいたします」
しばらくの間をおいて、里長が言った。
「では」
「はい。これなら、お父さま──天帝や他の神々にも、きっとご満足いただけることでしょう」
「ありがとう存じます」
織姫さまは深々と礼をした。おだやかな声だったが、背中から、熱を帯びた喜びが静かに伝わってきた。
「今年も、彦星さまとの逢瀬が、ご存分に叶いますように」
「……はい」
はにかんだ主人の声。翠華の胸には、いまだ暗い川のさざなみが残っている。
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