虚実の時

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* 「セザール……ますます風がきつくなって来たぞ。 今日はやめといた方が良いのではないか?」 「大丈夫です。 このくらい風があった方が、よく走ってくれるんですよ。」 「……そうか。 では、気をつけてな。」 セザールの計画にもってこいの日がやって来た。 どんよりとした鉛色の空は、今にも大粒の雨を降らせそうだ。 朝から吹き始めた風は、ますますその勢いを増している。 こんな天候の日に、ヨットに乗ろうとするセザールを気遣うのは当然のことだった。 だが、セザールのヨットの腕が一流だということを知っている父親は、それ以上のことは言わなかった。 「ありがとう、父さん……」 そう言って、父親の顔をじっとみつめるセザールに、どこか怪訝なものを感じながらも、ただ小さく頷くだけで、父親はセザールを見送った。 もしかすると、家族と顔を合わせるのはこれが最期かもしれない…そんなことを思うと、胸がいっぱいになり、決心さえもが揺らぎそうになるのを、セザールは懸命に堪えた。 (いや、僕は必ず戻って来る。 何年かかるかはわからないけど…… 父さん、母さん、そしてみんな…心配をかけて本当にごめんなさい。) 心の中でセザールは、家族にそんな想いを呟いた。 数ヶ月ごとに家族と訪れる海沿いの別荘で、泳いだり、ヨットに乗るのがセザールの常だった。 彼の弟達はあまりそういうことが好きではないので、ヨットに乗るのはいつもセザール一人だ。 天候のせいで多少の心配をする者はいても、セザールがヨットで海に出て行くことを不審に思う者は当然いなかった。 (……さようなら、みんな…… こんな方法しか思いつかなかった僕を許して下さい。) 滑るように海に出たヨットを操りながら、セザールはしっかりと目に焼き付けるように、丘の上にそびえる別荘をじっとみつめた。
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