虚実の時

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(もうすぐだ…!) 海の中から突き出した大きな岩に近付くに連れ、セザールの鼓動は速さを増した。 これから起きることを考えると恐ろしく、今すぐにでも引き返したくなる衝動を堪えることに、彼は全神経を集中した。 吹きすさぶ風や荒れ狂う波等、セザールには雑作もないことだった。 だが、彼はあえてそれに翻弄される素振りを見せた。 たまたま別荘から彼の操舵を見ている者がいた時のためだ。 いつもとは違う危なっかしい様子でヨットを操り、彼は少しずつ大岩に近付いた。 「エレナーーーー!!」 風の音や波の音にもかき消されない程のありったけの声で、セザールは愛しい人の名を呼びながら、ヨットを大岩に目掛けて操舵した。 (今だ!!) ヨットが大岩に激突する直前、セザールは大きく息を吸い込み、そのまま海に飛び込んだ。 衝撃を避けるため、彼はより深い所を目指した。 海水のうねりに揉まれながらも、方向を見失わないように最新の注意を払い、彼は全力で泳ぎ続けた。 どうにも苦しくなった頃、セザールは気を付けながら、小さく頭を海面に出し、あたりの様子をうかがった。 思ったよりも大岩からは離れており、方向も正しいことに気付いて、セザールは安堵した。 だが、まだ終わってはいない。 セザールは、今一度大きく息を吸い込んで、おぼろげな輪郭を浮かべる小島を目指して泳ぎ始めた。
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