虚実の時

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* (きっと、今頃は大騒ぎになってるだろうな…) 岸にたどり着いたセザールは、暗くなるまで山に身を潜めた。 今やり遂げようとしていることへの熱い情熱で、雨に濡れた衣服もそれほど気にはならなかった。 胸いっぱいの期待と不安…… 相反するものがセザールの心を埋め尽くす。 セザールの頭に浮かぶのは、家族や屋敷の者達の顔だった。 (みんなにはとんでもない迷惑をかけてしまった。 いつか必ず戻って来るから…どうか、僕を許して下さい。) セザールは最後の最後まで迷った件について思い出していた。 それは書き置きのこと。 彼が死んだと思わせるためには、エレナとの結婚を反対されて絶望したという旨の書き置きをした方が信ぴょう性は高くなる。 だが、そうすることによって、両親はそれが自分達のせいだと思い、とても大きな心の傷を負ってしまうはずだ。 そのことを考えると、セザールにはやはり書き置きをすることは出来なかった。 (単なる事故だと思ってもらった方が良い。 ……でも、今朝もあんな話をしてしまったし……) セザールは朝の食卓での会話に想いを馳せる。
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