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「ねぇママ、晩御飯どうする?」
夕方の情報番組が終わったタイミングで、私は隣に座る母の顔をちらっと見た。
「暑いから作るのめんどくさいのよ……」
母もソファから動きたくないのだろう。でも、お腹はグルグルと鳴っている。
「じゃあさ、女二人、簡単にそんめんは?」という私の提案に、「いいねー!」と母は顔を輝かせた。しかし、直後に声のトーンが変わった。
「でも、普通のそうめん切らしてるわ」
「え? まさか、あれしかないの?」
嫌な予感が頭をかすめた。母は諦めたように「よっこいしょ」と立ち上がるとキッチンへ行き、鍋にたっぷり水をいれ火にかけた。鍋がふつふつと音を立ててきたのを見計らって、「仕方ないなー」とぼやきながらしぶしぶ冷蔵庫を開けた。取り出したのは『五色そうめん』と書かれた桐の箱だった。蓋を開けた途端、女の金切り声がした。
「パパがいないのをいいことに、仕方ないとはなんという言い草! どうせ話に夢中になってお湯を吹きこぼし、ヘロヘロになった私をもみ洗いもせず薬味も具もなしで、出来合いのつゆにつける気でしょ? 私はそんな安いそうめんじゃないわ!」
「うるさい!」と母が遮るように一喝し、沸騰した鍋にそうめんを投入しようとした。
「いやー! やめてー!!」
その時だった。バタンと玄関の方で音がした。
私と母は顔を見合わせ固まった。
「いや参ったよ。今日の飲み会は急遽中止だって」
そう言いながらキッチンに入ってきた父が、母の手元を見て顔をほころばせた。
「お! 今日はそうめんか?」
その瞬間、そうめんが悲鳴を上げた。
「パパ! 助けて!」
ハッとしたように目を見開いた父は、さっとあたりを見回し何かを悟ったように数回小さく頷いた。
「よーし、わかった」
父はすぐさま腕まくりをしてエプロンをつけた。
「ママ、ネギ、茗荷、生姜、大葉、わかめに山菜、椎茸にかまぼこ、錦糸卵も用意して。鯛がなければ今すぐエリが買ってきなさい」
それを聞いたそうめんが、甘えるように囁いた。
「だから大好きよ。パパ」
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