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翌日は雲一つない快晴だった。隕石が降ってきたわけでもないから、もちろん授業には水泳があった。昨日、飛ばした靴を裏返しにしたけど、やっぱり晴れてしまった。僕のわずかな希望をぐちゃぐちゃに溶かすほどの熱を太陽が発している。絶好のプール日和だと体育の先生は喜んで、生徒たちははしゃいでいた。
今日もまた、僕は泳がないといけない。プールへ行けば、僕は恥をかく。
じゃあ、行かなければ? いっそ、逃げてしまえばいいんじゃないか? そうしたら、僕は泳がなくていい。
そんな発想になったのは、僕がよほど追い込まれていたからかもしれない。そうだ、プールに行かなければ、僕は泳がずに済むんだ。水泳をしなければいい。体育の授業を休んでしまえばいい。いっそ、学校から出ちゃえばいい。
その日、体育の授業は五、六時間目にあった。だから僕は給食を食べた後、昼休みの時間に一人で裏門まで向かい、バレないようにして門を飛び越えた。ランドセルも持たず、安全帽も被っていない。もちろん、水泳に必要な道具もロッカーに入れっぱなしだった。あるのはお母さんが「いざというときに使いなさい」と言って渡してくれたお金入れで、そこには三千円入っていた。
とにかく、学校から遠い場所へ行こう。
遠い場所。まるでお伽話に出てくるような、不思議な場所。そこは一年中雨が降っていて、体育の授業もない、僕にとって素敵な場所。泳ぐことを強要されず、運動音痴な僕でも馬鹿にされない場所。
僕は歩き続けて、人気のない最寄駅に到着した。少し前にお父さんが言っていた言葉を思い出したからだ。
「東京って街はなんでもあるんだ」
もしかしたら、東京へ行けば僕の求めている世界があるかもしれない。数年前に一度だけお出かけで行ったことがあったが、そのときは人で溢れかえった浅草を散歩した後、上野公園で動物を見た。たしかに東京ってすごいなと感じたが、僕がテレビで見た東京は、もっとキラキラ輝いていた。
僕は切符売り場で「東京」を探して、最寄駅から東京駅までの料金を支払った。切符を改札口に通すと、反対側からひょっこりと顔を出した。
ホームで電車を待っているとき、僕の頬を優しく撫でてくれるそよ風が吹いた。いつだって、僕は雨を望んでいた。「雨降ってください!」なんて神様にお願いしたこともあったし、てるてる坊主を逆さに吊るしたこともあった。だが、今日は初めて雨じゃなくてよかったと思えた。この街で、こんなに気持ちの良い風が吹いているなら、きっと東京はもっと心地よい風が吹いている。
電車が来て、僕はそれに飛び乗った。そして発車の合図がしてドアが閉まったとき、水に濡れていない自分を誇らしく思えた。
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