雨になーれ!

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 ここから東京駅は一つの電車で行けるらしく、僕は椅子に座りながら電車に身を任せて東京駅に着くのを待った。景色は家がたくさん並ぶものから工場地帯に変わり、だんだんとビルの数が増えていった。景色が現代化していくうちに、僕の気持ちも高鳴っていった。  東京駅に着くと、とりあえず出口を目指して階段を登ってみた。僕は東京で見たいものがあった。それを探すためには、駅員さんに尋ねる必要があった。  人の流れについて行きながら、やがて多くの人たちが行き交う場所にたどり着いた僕は、近くにいた駅員さんに話しかけてみた。 「すみません」 「どうしたの、坊や」 「東京タワーに行きたいんですけど、どうやって行けばいいですか?」 「東京タワー? そうだね」  駅員さんは「浜松町」という言葉を出した。 「浜松町」  僕が繰り返すと、 「そう、あの京浜東北線って水色の電車に乗れば行けるから」  と丁寧に教えてくれた。 「ありがとうございます」  僕はしっかりとお礼を言って、背を向けて駅員さんから離れようとした。 「あ、坊や」  背中から、僕を呼び止める声が聞こえた。僕は立ち止まり、振り返った。そこには先ほどよりも怖い顔をした駅員さんがいた。 「一人?」  一人。僕はずっと一人だった。泳げないというせいで、運動ができないせいで、からかわれ、いじられ続けてきた。生徒も先生も、みんな僕を馬鹿にしてきた。だから今、僕は自分を守るために逃げている。 「うん」 「親御さんは?」  親御さん。聞き慣れない言葉に首を傾げると、「お父さんとお母さん」と言い換えた。 「いないよ」 「いない?」 「だって僕、一人だから」  それ以上、何も言う必要がなかった。僕は再び頭を下げて、駅員さんから離れようとした。  すると、駅員さんが僕の手を掴んで、「ちょっと待って」と僕を止めた。さらに怖い顔になっていて、僕は怯えた。 「なんで? なんで僕を止めるの?」 「一人でフラフラしてちゃ、危ないでしょう。それに、今は学校の時間だろう。理由はわからないけど、とりあえず事務室に」  それは、僕という人間の拒否反応だった。ここにいたら捕まる。僕は再び学校という檻の中に閉じ込められて、泳がされる。雨が降ってほしいと願うのに、ピカピカした太陽がプールの水面を照らしている。僕が嫌いなプールが、僕を待っている。早く来いと言わんばかりに。  嫌だった。毎日のように恥ずかしい思いをすることが、嫌だった。だから僕は駅員さんの手を振り解いて、全速力で走った。様々な格好をした大人たちを忍者になった気分で避けて、避けて、とにかく出口を探した。後ろから、「待って坊や!」と僕を追いかける駅員さんがいることはわかっていた。だから僕はスピードを緩めず、自分が持っている最大限の力を振り絞った。足が遅いと笑われた過去。走り方がきもいと言われた過去。そんなこと、どうでもよくなるくらい、一生懸命走った。  やがて見つけた改札に切符を差し込み、僕は駅から脱出した。駅から離れてもしばらく走り続けていたが、しばらく経って後ろを振り向くと、もう誰も追ってきていなかった。  ビルとビルの合間、僕は膝に手をついて何度も深呼吸をした。それから自動販売機を探して、一番下の段にあったリンゴジュースを買って飲んだ。爽快な味で、リンゴの甘酸っぱさが身体に染みた。  しかし、あの駅員のせいで、僕は東京タワーへ行くことができなかった。 「どうしよう」  空を見上げると、嘘みたいに曇っていた。灰色の空が一面広がっていて、先ほどまでの青空は一体なんだったんだろうと不気味に思えるくらいだった。もはや雨が降りそうな天気だった。  今日、雨。明日、雨。明後日、雨。永遠に、雨。ずっと雨が降って、プールなんてできなくなっちゃえばいいのに。体育館も、教室も、雨で押し潰されてしまえばいいのに。いっそ、この世界ごと、雨に濡れて溶けてしまえばいいのに。  気がつくと、空からシャワーみたいな雨が降り注いでいた。多くの人がビルの中へ避難したり、近くのコンビニで雨宿りしていた。だけど僕は右足の靴を脱ぎ、それを前方に飛ばした。 「今日、雨になーれ!」  靴はびしょびしょになっていくアスファルトの上を転がり、お望みどおり、裏を見せてくれた。 「よかった、よかった!」  僕は片っぽ靴下の状態で投げた靴の方まで歩き、ひっくり返った靴をじっと見続けた。この靴のように、ずっと雨だったらいいのに。そうしたら、僕はこんなにも傷付かずに済むのに。  大都会の真ん中で、僕はずっとしゃがみ込んでいた。そして止まらぬ涙と止まぬ雨を混じらせ、永遠を期待し続けた。
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