琥珀の夢

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「ほら、食べてごらんよ。  たぶん甘くてーーーー美味しいかどうかは……、俺にはわかんないけど」  カラフルな見た目からして、果物のような甘酸っぱい味を想像しながら、一粒摘み、今度は自分の口へと運ぶ。  口に含んだ途端、まるで石を食べてるかのような硬さが、内側を刺激してなんだか気持ち悪い。  歯を立ててかみ砕けば、あっけなく崩れた部分から甘みだけが口内に広がった。  ……甘すぎる。  正直言って、美味しくはない。  想像していた何倍も、ただの砂糖だった。    甘いものはあまり得意ではない。  それでも、一緒に食べることで記憶を思い出すきっかけになればと思って、こうしてたまに口にしてみるのだ。  咀嚼する俺の様子をしばらく母はただ見ていた。  その後、初めてモノを食べる動物のような仕草で、ゆっくりと口に入れる。  しゃくしゃく、と音を立てた様子に、少し安堵した。  「……どう?美味しい?」  飲み込むより早く答えを尋ねた俺に、母はただ無言で頷きーーーー。    ぎこちなく細めた瞳が、何を意味していたかは分からない。    それでも。  その顔、その仕草、その全てをーーーー今度は忘れないように。    しっかりとこの目に焼き付けておこうと思った。  それが俺が出来る、唯一の償いだから。  「……あのひと、は……」  「ん?」  食べ終えた母が何かを切り出す。  消え入りそうな声を、一つたりとも聞き逃さないように身を乗り出した。  「……きょうは……おしごと……」  「あぁ……うん。今日も仕事だよ」  残念そうに眉を下げた母は、窓の外へと視線を向けるも、どこか遠くを見つめているようだった。  雲一つない、この青々とした大空に、彼の……夫の面影を思い描いているのかもしれない。  「リョウスケさんは……いかなくていいんですか……?」  その言葉に、ずしりとした何かが重くのしかかって心を軋ませた。  「俺は……、今日は休みで」  喉の奥がきゅうっと狭まって、息をするのも痛みを伴う。  震える声を誤魔化すように咳ばらいをしながら言葉を紡いだ。    ーーーーもう、あの頃みたいには、呼んでくれない。  母の記憶の中では、息子の俺は、もう、居ないから。  リョウちゃん、リョウちゃんって親バカみたいに呼んでくれた、あの母はもうどこにも……。    俺が母のことを「ユキさん」と呼ぶのにも理由がある。  父が亡くなったあの日に、母は、壊れてしまったのだ。  『免許を取って初めての助手席は俺が乗る!』と言ってきかなかった父親の言葉が脳に甦る。  俺があの時、調子に乗って運転なんてしなければ。  自信がないと、恥ずかしがらずに言えていたら。  きっと結果は違っていた。  なんで、父さんだけが死んでしまったんだろう。  なんで、俺が……生きているんだろう。  そう思っていたのはきっと、俺だけじゃない。  母は事故を機にどんどんとやつれていった。  食事もとらず、眠りもせず、ただ息をしているだけの生き物のように。  それが俺にとっては、行き場のない怒りをぶつけられているようで、心の底から辛かった。  罰でもなんでも受けるから、どうか母だけは連れて行かないでーーーー、と神に願ったある日……母は、言った。  「どちら様ですか?」  あの時の顔が今でも忘れられない。  
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