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雨の中、家に帰ると、優奈は絵画教室のことではずんでいた気持ちが、沈むのを感じた。人目ばかり気にする母が、簡単に絵画教室に行かせてくれると思えなかったからだ。大人しい性格の父は、母に頭が上がらない。優奈を応援してくれるとも思えなかった。
ーーでも、言わなきゃ。
不思議な強い感情が、優奈の中で湧き起こった。こんなことは初めてだった。
「お母さん、病院の近くのギャラリーで絵画教室があるねん。行きたいんやけど……」
「絵画教室?」
「うん、絵を習いたいねん」
「学校は行かへんのに? 」
「お母さん……」
思った通りの展開だった。次は近所の手前、格好がつかないとか言い出すのだろう。
「学校に行くなら、絵画教室に行かせてあげてもいいわ」
「そんな……」
となりで見ていた父も、さすがに口を出す。
「お母さん、そんな交換条件みたいなのは良くないよ。優奈の話も聞いてあげよ」
「お父さんは甘いんやから。優奈がこのまま学校へ行かへんかったらと思うと、私は心配で心配で……。このままやったら高校に進学できひんし」
母は絵画教室のことなどすっかり忘れて、優奈が学校に行かなくなったことで、どれほど自分が心配して苦労しているか、父が頼りなく無責任であるかをまくしたてた。優奈は黙って部屋を出た。何を言っても無駄だと思ったのだ。
自分の部屋に戻ると、机の上に色鉛筆とスケッチブックが出したままになっていた。絵画教室には行きたかったが、両親の会話を思い出すとつらくなり、色鉛筆もスケッチブックも引き出しに片づけてしまった。
いつの間にか飼い猫のピユが、優奈を心配そうに見ている。ピユを抱き上げると、ピユはゴロゴロいった。ピユは細身だったが、弾力があって、柔らかい。その手触りや温かさには、いつも癒やされる優奈なのだ。
ーー雨が心の埃を洗い流してくれたらええな……。
ーー雨よ、降れ!
そう思いながら、優奈はピユと一緒に雨の音を聞いた。ピユは潤んだ黒い瞳で、優奈を見つめているのだ。「優奈ちゃん、元気を出して!」とピユの心の声が伝わって来るように優奈は感じるのだった。
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