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「おじさんには息子が一人いたんや。生きてたら、三十代になってたかな……」 「生きてたら……」 「高校生の時に死んでしまったんや。自殺やった……」 「……」 「おじさんは優奈ちゃんが嫌いな権威主義者やったんや。すぐに同調圧力かける嫌な親やった」 優奈は、ことばを失っておじさんを見つめた。おじさんが、いつもと同じ穏やかな表情なのが、よけいにおじさんの悲しみを感じさせた。 「おじさんは、ちょっとは名の知れた大学の先生やったんや。その手前、息子は優秀でないとあかんと思いこんでてな。進学校に行かせて、学年で一番になれって言うて、厳しくしたんや」 「そうだったんや……」 「息子は絵が好きやった。優奈ちゃんのお母さんみたいに、学年で一番を保っていたら、絵を習わせてあげるっていうてな」 おじさんは苦しそうに顔を歪めて言った。おじさんの息子は、猛勉強して、いつも学年で一番だった。そして、猛勉強の間になんとか時間を見つけて、絵を習い、何枚も絵を描いた。ギャラリーに飾られている絵は、おじさんの息子の絵なのだ。 「息子が高校二年の秋、台風で学校が休校になったんや。息子は『ああ、今日は台風で学校を休んでもええ。雨よ、降れ! もっと降れ』と思って、ものすごく楽になったらしい」 「その気持ちわかる。私も同じや」 「それ以来、息子は学校に行けへんようになったんや。おじさんはものすごく怒って、息子に学校に行くように言うた。殴ったこともあった」 「おじさんが……」 息子は部屋に閉じこもって、色鉛筆で雨の風景ばかり描くようになったという。あの静けさにあふれた絵は、おじさんの息子が苦しみの中で描いたものだったのだ。彼は、絵を描くことで、苦しみを癒そうとしたのだろう。 「優奈ちゃんみたいに、雨の日が好きな人もいれば、雨の日が嫌いな人もいはる」 「私は晴れの日が憂鬱。みんなみたいに外でワイワイするのが苦手やし」 「人それぞれやと思わへんか?」 「そう、そうです!」 「おじさんは『こうあるべき』みたいな考え方を息子に押し付けて、息子を苦しめて、死なせてしまったんや……」 おじさんは、息子の死後、自責の念に苦しみ、酒びたりだった時もあったという。数年後、息子の遺品を整理していて、息子の絵を展示するギャラリーを開くことを思いついたのだ。それと並行して、息子が絵を習っていた先生を招いて、ギャラリーで絵画教室を開くことにしたのだ。 「優奈ちゃん、中学の時は不登校でも、自分に合う高校を見つけて、いきいきと高校生活を楽しんでいる子もいるよ」 「そんな高校あるんですか?」 「高校や専門学校で自分の興味や才能に合った分野で学んで、将来の職業につなげた子もいてる。進学校に進学するだけが、人生と違うよ」 勉強もできなくて、部活動もしていなくて、友だちもいない優奈は、学校では完全に落ちこぼれだった。優奈は人生に何の期待も持てなかったが、おじさんの話を聞いているうちに、自分にも何かできそうな気がしてきたのだった。
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