8人が本棚に入れています
本棚に追加
6
「おじさんには息子が一人いたんや。生きてたら、三十代になってたかな……」
「生きてたら……」
「高校生の時に死んでしまったんや。自殺やった……」
「……」
「おじさんは優奈ちゃんが嫌いな権威主義者やったんや。すぐに同調圧力かける嫌な親やった」
優奈は、ことばを失っておじさんを見つめた。おじさんが、いつもと同じ穏やかな表情なのが、よけいにおじさんの悲しみを感じさせた。
「おじさんは、ちょっとは名の知れた大学の先生やったんや。その手前、息子は優秀でないとあかんと思いこんでてな。進学校に行かせて、学年で一番になれって言うて、厳しくしたんや」
「そうだったんや……」
「息子は絵が好きやった。優奈ちゃんのお母さんみたいに、学年で一番を保っていたら、絵を習わせてあげるっていうてな」
おじさんは苦しそうに顔を歪めて言った。おじさんの息子は、猛勉強して、いつも学年で一番だった。そして、猛勉強の間になんとか時間を見つけて、絵を習い、何枚も絵を描いた。ギャラリーに飾られている絵は、おじさんの息子の絵なのだ。
「息子が高校二年の秋、台風で学校が休校になったんや。息子は『ああ、今日は台風で学校を休んでもええ。雨よ、降れ! もっと降れ』と思って、ものすごく楽になったらしい」
「その気持ちわかる。私も同じや」
「それ以来、息子は学校に行けへんようになったんや。おじさんはものすごく怒って、息子に学校に行くように言うた。殴ったこともあった」
「おじさんが……」
息子は部屋に閉じこもって、色鉛筆で雨の風景ばかり描くようになったという。あの静けさにあふれた絵は、おじさんの息子が苦しみの中で描いたものだったのだ。彼は、絵を描くことで、苦しみを癒そうとしたのだろう。
「優奈ちゃんみたいに、雨の日が好きな人もいれば、雨の日が嫌いな人もいはる」
「私は晴れの日が憂鬱。みんなみたいに外でワイワイするのが苦手やし」
「人それぞれやと思わへんか?」
「そう、そうです!」
「おじさんは『こうあるべき』みたいな考え方を息子に押し付けて、息子を苦しめて、死なせてしまったんや……」
おじさんは、息子の死後、自責の念に苦しみ、酒びたりだった時もあったという。数年後、息子の遺品を整理していて、息子の絵を展示するギャラリーを開くことを思いついたのだ。それと並行して、息子が絵を習っていた先生を招いて、ギャラリーで絵画教室を開くことにしたのだ。
「優奈ちゃん、中学の時は不登校でも、自分に合う高校を見つけて、いきいきと高校生活を楽しんでいる子もいるよ」
「そんな高校あるんですか?」
「高校や専門学校で自分の興味や才能に合った分野で学んで、将来の職業につなげた子もいてる。進学校に進学するだけが、人生と違うよ」
勉強もできなくて、部活動もしていなくて、友だちもいない優奈は、学校では完全に落ちこぼれだった。優奈は人生に何の期待も持てなかったが、おじさんの話を聞いているうちに、自分にも何かできそうな気がしてきたのだった。
最初のコメントを投稿しよう!