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cf75c403-6561-49bc-9b63-9e172c607f73 部屋の窓から、つつじや木香ばらが満開に咲いているのが見える。快晴の空に映えて、本当に綺麗だ。だが、植物とは対照的に、優奈(ゆうな)は色白で一重まぶたの顔に浮かない表情を浮かべて、ため息をついた。 季節の花が咲くと、華やいだ雰囲気についていけない自分が、責められているように感じるのだ。 ーー季節は移り変わっているのに、うちは何も変わらへんなあ……。 優奈はいつも、憂鬱な気分になってしまうのだ。どんなに空が晴れて、花が咲いても、優奈は部屋に引きこもって、外に出ようという気持ちになれない。中学校も三年生になってからほとんど行っていない。今頃、もう授業は進んで、自分が追いつけないほどのものになっているだろう。少しは仲の良かった友だちも、自分を忘れているかもしれない、と優奈は思う。 だが、つらいのは学校の人々に忘れ去られることだけではない。部屋に引きこもっていると、近所の人の話し声や子どもが騒ぐ声が聞こえてくる。それは、優奈の心を着実にむしばんでいった。 「お宅の優奈ちゃん、最近、姿を見かけへんね?」 「……まあ、ちょっと……」 「お家には、いてはるん?」 困ったような母の無言に、優奈は胸をかきむしられそうになる。耳を塞ぎたい気分で、母と近所のおばさんたちの立ち話をきいていると、幼稚園から帰って来た子どもが数人甲高い声で騒ぎ出した。「静かにして!」と叫びたい気分だ。毎日成長していく子ども、無邪気に楽しそうに騒ぐ子どもたち。すべてが、優奈の失ってしまった日常だった。 「優奈ちゃんも、こんなお天気のいい日は外に出んとあかんわ」 「私もそう言うてるんやけど……」 「家にばっかりいてたらあかんし」 母が玄関のドアを開ける音がした。優奈はベッドに潜り込んで、寝たふりをした。母が小言や嫌味を言いに来るのがわかっていたからだ。案の定、母は優奈の部屋に入って来た。 「あんたがちゃんと学校へ行かへんし、お母さんは肩身が狭いわ!」 「……」 「カッコ悪うて人様に顔向けできひんし!」 「人様がそんなに大事なん……」 「なんやて! お母さんがあんたのためにどんだけ苦労しているかも知らんと、ようそんなことが言えるな!」 母は優奈のためにどんなに苦労しているかをまくし立てるだけ、まくし立てると、大きな音を立ててドアを閉め、部屋を出て行った。近所の人の前では大人しいのに、優奈の前だといつもこうだ。近所では「大人しくて穏やかな人」と評判だけれど、実際には違う。でも、それを誰もわかってくれない。 優奈はベッドに潜り込んで、奥歯を噛みしめた。母は優奈がみんなと同じでないと許してくれないのだ。 ーーどうしてお母さんは、私が学校に行けへん理由を考えてくれへんのやろう。 悔しくなって、布団をぎゅっと握る。 優奈には、毎日学校に行く意味がわからなかった。ちんぷんかんぷんの勉強をして何になるのかわからないのだ。話の合う同級生もいなかったし、部活動にも興味が持てない。 ーー宿題しても、間違えてたら馬鹿にされる。 ーー学校は、子どもを馬鹿にするためにあるんと違うか。 ーー制服のスカート丈がどうの、髪の色がどうのって、意味あるんか? ーー生徒の間には序列がはっきりあって、みんなでいじめ合ってるし……。 ベッドから体を起こすと、雨が降り始めていた。乾いたアスファルトが濡れる匂いがして、屋根に雨粒が当たる音もする。おしゃべり好きなおばさんたちも騒いでいた子どもたちも家に帰ったようだ。いつの間にか、飼い猫のピユが優奈のベッドに潜り込んで、優奈にすり寄った。白い毛をした細身のピユは、母が勢いよく閉めたはずみで開いたドアから入ってきたのだ。 ピユを抱きかかえると、フニフニの柔らかい体と優しい温かさが伝わって来る。優奈は、柔らかいピユの体に顔をうずめて、一緒に雨の音を聞いた。 ーー猫は人の気持ちがわかるのやろうか?  ーーピユは私が悲しい時、いつもそばにいてくれる。 ーーピユと一緒に雨の音を聞いていると心が落ち着くわ。 ーー……雨よ、降れ。もっと降れ!
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