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父は一年の半分を海外で過ごす。いないのが当たり前で、いることがおかしくて。
特に六月の梅雨時期はなぜか自宅にいることが多い。私の誕生日である六月二十日を祝うため、というのは口実で、彼は雨が好きなんだそうだ。
ジメジメとした空気や足元が濡れてイライラする気持ちは父にはないらしい。むしろ晴れの日よりも雨の日の方が落ち着くとさえ語る。おかしな人だ。
でも一つだけ雨が降ってよかったと思えることができた。雨が降る日にだけ演奏する父のピアノは、いつも奏でるピアノとは違っていた。切なくて、儚い音。決して明るくはないのに、美しく感じるその音に魅了されてしまう。「今のなんていう曲?」そう聞いても、「さあ」としか答えない。
その曲が後に『雨の音色』として形になるのはまだ先の話。
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