雨の音色

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 私が帰ってきたときのニューヨークは、連日の雨だった。どこかに出かけたいとも思わないぐらい気分がどんよりとしてしまう。  そんな日に父はピアノを弾く。美しい旋律で、音を奏でるのだ。 「ねえ、それってなんていう曲?」 「さあ?」  そのセリフは聞いたことがある。父の演奏する即興のピアノは、なぜか雨の憂鬱さを表現しているように暗い。それなのに、美しさと心地よさを孕んでいた。  父の演奏が終わったタイミングで、私は昔の記憶を呼び起こしながら話した。 「子どもの頃さ、まだ日本に住んでた頃、お父さんよく雨の日にピアノ弾いてたよね」 「別に雨の日だけじゃないがな」 「そうなんだけど、なんか雨の日に弾く曲はいつもと違う気がしたのよ。なんか、切ないメロディで。でも、聴き心地がいいっていうか」 「特別意識はしていないんだけどな」  自分で曲を作るようになってから改めて気づいたのだが、やっぱり父は天才だ。感覚的な才能が抜群で、イメージを形にするスピードと表現力が他者を圧倒していると思う。 「覚えてる? 私が小学生のときに学校で友だちと喧嘩して帰ってきて、雨が結構降ってたんだけど傘も差さずに家まで泣いて帰ったことがあって」 「あったかなぁ、そんなこと」 「あったんだって。ほんと自分の娘に関心ないよね。まあいいや。それでびしょびしょになって帰ってきたんだけど、お風呂から上がったときにお父さんがピアノを弾いてたのよ」  父はあごに手を当てて思い出そうとしているが、おそらく記憶が呼び起こされることはないんだろうなと思った。 「そのときにね、お父さんこう言ったのよ。『雨を利用するなよ。雨はなにも悪くないだろ?』って」 「へぇ」  初めて聞いたかのようにあっけらかんとしている。ほんとうに呑気な人だ。母を見るとケラケラと笑っていた。 「私、あのときドキッとしたのよ。『雨はなにも悪くない』っていう言葉に。喧嘩して嫌だった気分を雨のせいにして誤魔化した小さな自分、っていう感じで。それを今思い出した」 「そんなことあったか」 「ほんとに他人事だよね」  母がまた笑う。
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