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「私ね、今もあのときとなにも変わってないなって。環境のせいにして、自分は悪くないとか思ってさ。お父さんの娘だから、とか。売れて当たり前みたいな。でも、そんな簡単じゃないよね」
「……そうだな」
「創作って、本当に難しいって心から思う」
「不思議だよな。頭が沸騰するぐらい考えて考えて、なんとか絞り出したものもあれば、なんとなく適当に楽器を弾いていたらたった十分でできたものもある。それが案外名曲になったりするんだからな。だからこそ創作は楽しいんだよ」
父の言葉には重みがあった。誰よりも楽曲制作に力を入れてきた人だからこそ言っていい言葉のように思えた。
私は父が座っていたピアノの席を代わる。
「未だに覚えてるのよ。あのときのお父さんの曲」
隣りに椅子を置いてそこに座る父。
私は記憶を呼び覚まして、あのときのメロディを奏でた。雨の日に弾いた父のピアノ。儚くも美しい旋律を。
それはたった八小節に過ぎない短い音の連なりではあったが、父の描いた雨のイメージを見事に表現していたと思う。
「こんな感じ。覚えてない?」
「覚えては、いないな。ただ、いい曲だ」
「自分で言う?」
はははは、と笑う両親。
「もう俺は一曲を作り上げる気力はないんだ。お前が作れよ。完成させてくれよ」
「私が?」
「ああ。これは俺の曲じゃない。優雨の曲だよ。作り上げてくれ。父さんからのお願いだ」
父からのお願い。そんなこと初めてだった。私は嬉しくて嬉しくて、泣いてしまいそうで。でもなんとか涙を流すことを堪えた。この曲が完成するまでは泣かない、そう決めたから。
こうして、試行錯誤を重ねた私は父の意志を継いだ曲を完成させた。
曲名は『雨の音色』。
私が、『yuu』が作った曲だった。
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