神様の涙

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 雨よ降れ、雨よ降れ  今日も1人の男が舞い踊る。  はぁ、まったく  今日もくだらん舞を見せつけおって。  あくびをしながらその様子を眺める。  この男は毎日1人で俺の元へやってきて雨よ降れと願いを込めながら舞を舞う。  私は神という存在だ。 「ゴホッゴホッ……」  男が蹲って苦しそうに咳き込んだ。  口元を押さえていた手にはべっとりと血がついている。  懐から取り出した布でその手と口元を拭い、立ち上がってまた律儀に舞い始めた。  そんな事をせずとも雨を降らせてやるのに。  ふあーとあくびをして、涙を少し出す。  するとポツリポツリと少量の雨が降り始めた。  そう、私の涙がこの地に降り注ぐ雨となるのだ。  だがしかし、それほどまでに涙が出るわけではないからこの地はいつも私の涙を求めている。  男は私にお辞儀をしてその場を後にした。  あと何日ここに来ることができるか……。  あの男の寿命は尽きかけている。  舞を捧げる存在だというのに天涯孤独な男。  今日も一仕事を終えた。  伸びをして、私は目を閉じた。  それからしばらくして、男が来ることはなくなった。  そうか、寿命を全うしたか。  いつものように舞う者が変わるだけ。  またあくびを一つして少量の雨を降らせてやった。  どれほど時が過ぎただろうか。  つまらん。  次の者がまだ決まっていないのか私の元には誰も来なくなった。  思えばあの男だけは毎日欠かすことなく私の元へやってきた。  あんなにもつまらないと思っていたのに、あの男の舞をもう一度見たいと思うようになった。  はぁ、出かけるか。  久しぶりに降り立った天界は相変わらず人が多くてうんざりする。  さて、情報屋のあいつはどこにいるだろうか。 「やぁ、久しぶりじゃないか  どういう風の吹き回し?」 「探して欲しい男がいる」 「ほぉ、そんな依頼初めてだねぇ  どんな子なんだい?」 「少し前に死んでる  私の前で舞を舞っていた男だ」  目の前の男にあの男の情報を送る。 「オーケー、少し待って  おっ、ギリギリセーフ  まだ転生していないから会えるよ  ちなみにここね」 「分かった、ありがとう」 「また遊びに来てよ」 「気が向いたらな」  私はヒラヒラと手を振って別れを告げ、もらった情報の場所へ飛んだ。  男は1人でボーっと座っていた。 「よぉ」 「……誰ですか?」 「お前の舞を見ていた者だ」 「は……?」 「まぁ、いい  お前が生前舞っていた舞を見せてくれ」 「ここで……ですか?」 「あぁ、いますぐにここで」 「なぜ?」 「見たいから  他に理由が必要か?」 「いや、別に……  この格好でいいんですかね?」  男は白い着物を身にまとっていた。 「構わん、やれ」  戸惑いながら男が舞い始めた。  おぉ、これだこれだ。  しなやかに舞い踊る姿に胸が高鳴る。  一通り舞い終わった男は以前と変わらずに丁寧にお辞儀をした。 「お前の舞は美しいな」 「あっ、ありがとうございます  死ぬ直前は本当に苦しかったのですが、今日はとても体が軽かった  死ぬと健康な体になるのですね」 「まぁ、今その体はただの器だからな  毎日舞っていたが、何を考えていた?」   「雨よ降れ……ですね  それ以外のことは考えていなかった気がします」 「なぜ毎日来たんだ?」 「なぜでしょうか  使命だと思っていたんでしょうかね」 「1人で寂しくなかったのか?」 「寂しくなかったですね……  あぁ、そうか  あなたがいたからだ」 「どういうことだ?」 「ずっと側に誰かがいるような気がしていたんです  だから寂しくなかった  使命なんかじゃなく、あなたの存在を感じたいがために僕はあそこに行っていたのかもしれない  そう思います」  男が穏やかに微笑んでそう言った。 「そうか……」  まるで灯火が灯ったかように心の中が暖かくなるのを感じた。 「今日はすまなかった  ありがとう」 「いえ、目の前でまた舞うことができてよかった  ありがとうございました」  この男の来世に幸あらんことを。  柄にもなくそう願った。  あれから何度も舞を舞う者は変わった。  ただ、あの男以上に私の心を掴む者は現れなかった。  また舞を舞う者が変わる。  そろそろ私も別のところに移ろうか。  目を閉じようとした私の耳に幼子の声が聞こえた。 「はじめまして、神様  今日から舞を舞う……事になった者です  よっ宜しくお願い致します」  フッ、挨拶をするやつは初めてだ。  見ごたえがあるかもしれん。  チラリと目を向ける。 「えっと、挨拶が終わったから、もう舞っていいんだよね」  そう呟くと舞を始めた。  なんだろう、この既視感は。  目を凝らして幼子を見つめる。  舞を終えると丁寧にお辞儀をした。  あの男と同じように。  あぁ、そうか。  この子にはあの男の魂が宿っているのか。 「晴彦ー」 「母様!」  幼子の母親が木の影から姿を現した。 「母様、上手にできていたでしょうか?」  不安そうな幼子の頭を母親が優しく撫でた。 「とても上手に舞えていましたよ」 「へへへ、そうでしょうか」 「きっと神様も見ていてくださっていますよ」  ふいに幼子がこちらを見た。  幸せに満ち足りているのがその気配から伝わってきた。 「あっ、雨だ……  母様、雨ですよ!」 「まぁ、本当だわ  晴彦の祈りが神様に届いたのです」 「わーい、やったー」 「晴彦、濡れてしまうと風邪を引いてしまいます  さぁ早く帰りましょう」 「はい、母様」  母と手を繋いで幸せそうな表情で帰る幼子。  よかった……。  あの男の今が幸せであって。  シトシトとその後も雨は降り続け、しばらく降り止むことはなかった。
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