透明が見える季節

1/9
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ
 雨が降ればいいのにと、飛駆(ひかる)は病室の窓を見上げて溜め息をついた。小学生最後の運動会、楽しみにしていたのに、本番の二週間前に車にはねられて入院するなんて。噂では、運動会は雨天による延期が二回起これば中止になるらしい。もし雨が降れば、運動会に出られなかったのは入院していたからではなく、雨だからになる。だから運動会当日は逆さのてるてる坊主まで作ったのに、梅雨を忘れたかのような晴天だ。  怪我自体は足の骨折のみで、後遺症もなく治るそうだ。かといって最後の運動会に出られなかった悲しみが癒えるわけはなく、飛駆はまた溜め息をついた。使い方を習ったばかりの松葉杖で、入院患者の集まる休憩室へと向かう。  休憩室では退院間近の子供達が鬼ごっこしていた。足じゃなくて腕を骨折していればと思う。そうすれば彼らと遊んで、夕食までの長すぎる時間を楽しく過ごせただろうに。 「やぁ! 初めましてだね」  後ろから女の子の声がした。松葉杖での方向転換に四苦八苦していると、その子は正面に回り込んできた。左手で引きずる点滴スタンドの車輪が、ガラガラと錆びた鈴のような音を立てる。ピンク色の花柄のパジャマを着ており、茶色い髪は耳たぶの長さだった。色白で、ゆで卵のようにつるっとした顔立ちの子だ。口には色付きのリップを塗っている。 「誰?」 「私は河野(こうの)静夏(しずか)。小五だよ。君は?」 「(はれ)飛駆だけど。小六」 「じゃあ先輩だね! けど入院歴は私の方が先輩だから敬語使いっこはなしってことで」 「うん。とりあえず、よろしく」 「よろしく! ふふ、歳の近い子が来てくれて嬉しい」  初対面なのにとても親しくしてくれる。もし学校を転校した時、クラスメイトにこんな親切な子がいると助かるだろうと思った。 「松葉杖はまだ慣れない? あそこの椅子に座ろうよ」  静夏に連れられ、休憩室のベンチに座る。待合室にあるのと同じ、緑色の布張りのベンチだ。家のソファのような座り心地の良さはない。 「もしかして緊張してる?」 「なんで?」 「なんかぼんやりしてるなって。考え事? ベッドの上にいると、嫌なことばっか考えちゃうよね」 「そんな感じ。俺の学校、今日運動会なんだ。クラス代表者リレー、出たかった」 「クラス代表者リレーの選手だったの? 足速いんだね」 「うん。クラスで一番」 「一番! すごい、憧れる!」  静夏はキラキラした目でそう言った。満面の笑みを浮かべるととても可愛らしく、飛駆は思わず目をそらした。体をもぞもぞさせたくなるようなくすぐったい気持ちを抑えるように、飛駆は腕を組んだ。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!