第2話 雨宿り

6/9
前へ
/179ページ
次へ
 渡辺の件といい、雨といい、もはや呪われているのではないか。  改めて何もかもが嫌になり、いっそのことずぶ濡れになって風邪でも引いてやろうかと思った、その時。  不意に、後ろのガラス戸がカタカタと音を立てた。 「……あら、雨宿りですか?」  若い女である。  やや赤毛の、ウェーブがかった長髪。服は白いワイシャツを着ていた。透き通るような肌、やや幼げな瞳と端麗な顔立ち、そして唇の薄い紅が、強く印象に残った。  私は爺さんや婆さんが、店をやっていると勝手に思い込んでいた。  ところが現れたのは若い女であるから、私の脳髄は女の姿をカラーフィルムで焼き付けつつも、その存在を理解出来ずに(ぼう)としてしまったのである。 「あの……」  女はキョトンとした表情で、私を覗いている。 「す、すみません、雨宿りでぼーっとしていたもんで……」  あまりのしどろもどろさに、随分と恥ずかしくなった。  女は微笑み、ガラス戸を開けていく。店の奥から、暖かい空気と紙の匂い、そして煙の臭いが、幽かに漂ってきた。 「肌寒いというのは、嫌でございますね」  雨音は徐々に強くなってきているのに、女の声は艶やかにはっきりと聞こえる。 「あ、秋や冬の雨は大嫌いなんですよ。なのに今日は傘を忘れてしまって……」  私の上擦る声を聞き流すように、女はガラス戸を半分程度に開け終えると、「軒先で寒いのを我慢するより、どうぞ、中にお入りください」と微笑みながら言った。  ――押し殺すように呼吸を整えつつ、敷居を跨いだ。  中は薄暗く、大まかな広さもよく分からない。すたすたと女が奥に行き、電気のスイッチを入れて初めて間取りが分かった。
/179ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加