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渡辺の件といい、雨といい、もはや呪われているのではないか。
改めて何もかもが嫌になり、いっそのことずぶ濡れになって風邪でも引いてやろうかと思った、その時。
不意に、後ろのガラス戸がカタカタと音を立てた。
「……あら、雨宿りですか?」
若い女である。
やや赤毛の、ウェーブがかった長髪。服は白いワイシャツを着ていた。透き通るような肌、やや幼げな瞳と端麗な顔立ち、そして唇の薄い紅が、強く印象に残った。
私は爺さんや婆さんが、店をやっていると勝手に思い込んでいた。
ところが現れたのは若い女であるから、私の脳髄は女の姿をカラーフィルムで焼き付けつつも、その存在を理解出来ずに茫としてしまったのである。
「あの……」
女はキョトンとした表情で、私を覗いている。
「す、すみません、雨宿りでぼーっとしていたもんで……」
あまりのしどろもどろさに、随分と恥ずかしくなった。
女は微笑み、ガラス戸を開けていく。店の奥から、暖かい空気と紙の匂い、そして煙の臭いが、幽かに漂ってきた。
「肌寒いというのは、嫌でございますね」
雨音は徐々に強くなってきているのに、女の声は艶やかにはっきりと聞こえる。
「あ、秋や冬の雨は大嫌いなんですよ。なのに今日は傘を忘れてしまって……」
私の上擦る声を聞き流すように、女はガラス戸を半分程度に開け終えると、「軒先で寒いのを我慢するより、どうぞ、中にお入りください」と微笑みながら言った。
――押し殺すように呼吸を整えつつ、敷居を跨いだ。
中は薄暗く、大まかな広さもよく分からない。すたすたと女が奥に行き、電気のスイッチを入れて初めて間取りが分かった。
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