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「店長のお気持ちは嬉しいんですけど、わたし今、好きな人がいるんです」
七月の下旬、駅前のカフェ。互いにアイスのコーヒーを注文し、それが運ばれると同時に門脇はフラれた。口をつけようとさしたストローは、そのままグラスの中の氷をかき混ぜる。
「そっか」
カラン。門脇の手元から響く、そんな音。カランカランと何度か響いて、そして大人しくなる。揺れる水面に目を落とし、彼はそこに息も落とす。
「わたし自身、不思議でしょうがないんですけど」
落ち込む門脇の前、るりが胸中を打ち明けた。
「店長といてとても楽しいし、直也くんのことだって大好きだし、一路のことや将来のことを考えたら、絶対に店長とお付き合いした方がいいって思うのに」
でも、それでも。
「それでも諦められない人がいるんです」
瞬人くん。君は十八才も年下の高校生。未来もわたしを好きでいてくれるなんて、そんな保証はどこにもないけれど。
「その人と一緒に人生を歩みたいって、そう願ってしまうんです。だから店長とは、これからも直也くんや一路を交えて、家族同士で仲良くしていけたらいいなって思ってます」
揺蕩うことを止めたコーヒーの水面からるりに視線を映すと、そこには決して揺るがなそうなふたつの瞳があった。固い信念、それが見えて、門脇はどう説得しようかと考えていた自分を葬った。
「廣瀬さんの恋、応援してるよ」
その時の門脇がなるべく優しい笑顔を意識したのは、今日の出来事を、るりに悲しい思い出にしてほしくはなかったから。
「もしその恋が実ったら、今度お店に連れてきてよ。廣瀬さんを射止めた彼、僕も見てみたい」
柔らかな口調でそう言われ、るりは「ええっと」と頬を掻く。
「実はもうわたしの好きな人は、店長と面識があるんです……」
「え、そうなの?誰?」
「えーっと……」
ごにょごにょごにょ。口を窄めたるりの言葉は、はっきりと聞きとれなかった門脇。もう一度「誰?」と聞いてみたけれど、それははぐらかされて終わった。
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