きれいな光がさしてるから

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眩く太陽のように輝くその金髪は、雨の日になっても輝きを失うことはない。その美しく輝く金髪は、放課後になるとランニングをするために俺を教室まで迎えに来てくれるが今日はそのイベントは起きないだろう。窓の外を見ると校庭にはいくつもの水たまりができるほどの雨。彼が放課後ランニングに誘うときのキラキラした瞳を見れないのは残念だが、たまには休むのも悪くない。下校時間のチャイムが鳴り響く中、午後の授業からあくびが止まらない俺は一眠りしてから帰ることを決意する。机に突っ伏したその時、俺の好きな心地の良い声が聞こえた。 「お!まだ帰ってないじゃん!今日雨だからさ、映画でも見に行かねえ?」 俺のクラスの教室を開けて眩しい太陽が俺に駆け寄ってきた。やっぱり雨の日でもお前は自分で輝けるんだね。太陽のように眩く輝く髪と、俺を見つめるキラキラした瞳。一眠りしようとしていた俺の目にはこの太陽を写すことで、覚醒を取り戻した。 黙っている俺に不安になったのか、キラキラした瞳はなりを潜め子犬のような困った顔をして俺を見つめる。 「放課後もう予定入れちゃったか?」 「お前以外との予定を入れるわけないじゃん。映画でしょ。何見に行く?」 「クラスの女子にお勧めされた恋愛映画があるんだけどそれはどうだ?」 「恋愛映画?意外だね」 「だろ?こういうタイミングでもないと見ねえからさ!……他に見たい映画があるならそっちでもいいけど」 「別にないからその映画見ようよ。なんていう映画?」 「サンシャインロードっていう映画!雨の日に見るにはピッタリだろ」 「そうかな?とりあえず行こうか」 さっきの困り顔なんてなかったかのように目を細めて笑う。待てませんというアピールなのかレッツゴーとはしゃいで俺の荷物を振り回した。その中に入っている俺の教科書もこんな嬉しそうな顔で振り回されれば喜んでいることだろう。 傘をさし雨の中を二人で濡れた道を歩く。いつもならこの時間は二人で走っているのにただただ雑談をしながらゆっくり歩いていることに特別感を覚えた。二人で映画を見に行くのも考えてみれば初めてで、雨の日に対して特に思うことはなかったけどこんなにレアなイベントがあるなら好きになれるかもしれない。 「そういえばお前と映画見に行くの初めてじゃないか?」 「そうだね。いつも放課後は二人で走ってるけど寄り道自体そんなにしてないんじゃない?」 「そんなもったいないことしてたのか!まあでも走った後って疲れるし、気力もないんだろな」 「どうして俺を誘っていつも走るの?」 「体力が欲しくてさ!俺小さいころ体が弱くてあんまり外で運動とかできなかったんだよ。だから体力なくて、お前がうらやましかったんだ」 「俺が?」 「秋になったら持久走があるじゃん。お前1年なのに3年の先輩よりも距離が長かったって聞いて羨ましかったんだ」 「ふーん」 「聞いてきた割に反応薄いな」 そう、俺とこの太陽の出会いは去年の秋。紅葉と太陽のコントラストが綺麗で、一緒に走るなんて面倒くさいことこの上ないのにあまりにきれいで思わずその誘いにうなずいてしまった。体が弱かったことも今日初めて知った。もう話すようになって半年以上たつのにまだまだ知らないことばかり。もっとお前のこと知りたいよ。好きな映画、好きな漫画、好きな音楽、好きな食べ物。もっとお前のこと教えてよ。でも時間は有限だから、聞きたいことが、聞く勇気が出てきた途端、映画館にたどり着いてしまった。映画が始まったら話すことはできない。そのことに寂しさを覚えながら座席を写すパネルを二人で見る。 「お前席いつもどこらへんにしてる?」 「あんまりこだわりない」 「じゃあ前の方でいいか?前の方って人気がないから人少なくて開放感あるんだよな」 「じゃあ前の方にしよ」 「さんきゅ!」 友だちがこの太陽しかいない俺は映画館であまり映画を見たことがない。前の方がいいとかのこだわりはなかったけど、今日から俺も映画を見るときは前の方の席にこだわろうと思う。人が少なくて開放感があって、太陽が隣にいてくれるなんて最高だから。 チケットを券売機から受け取って、俺たちはポップコーンの匂いがする方を見ていた。いつもはキラキラしてる瞳が遠慮したような顔をして俺とポップコーンの方を交互に見てる。 「ポップコーン、お前は食べる派?」 「そこらへんもあんまこだわりない」 「……買っていいか?」 「許可なんかいらないよ」 「でもうるさいだろ?開放感求めといてポップコーンの音はいいのかとか思っただろ?」 「全く考えてなかった。俺も食べたいから買おうよ。あのハーフアンドハーフのやつ」 「いいのか?」 「だから俺も食べたいんだって、半分はキャラメルで決定ね」 「よし!じゃあ俺は醬油バターな」 ポップコーンを受け取りキラキラした瞳を取り戻した太陽は、キャラメルの匂いをまとわせながらチケットを俺に手渡してきた。 「そろそろ時間だから入ろうぜ」 「うん。恋愛映画を映画館で見るの初めてだから楽しみ」 「地味に俺も初めてだ!というより、恋愛映画自体あんま見ねえからちょっと緊張する」 「映画に緊張とかないでしょ。行こう」 チケットを確認してもらって、指定の席に向かう。前の方はやっぱり人気がないのか俺と太陽の二人だけだった。この暗い空間も相まってこの世界には二人だけのような錯覚を起こす。少しだけ心臓をドキドキしながら太陽の方を見ると、同じことを思ったのかキラキラした瞳を俺の方に向け内緒話をするように耳元に口を近づけてきた。 「楽しみだな」 もうすでに楽しいよ。 「前の方が集中して見れそうだろ?お前に楽しんでほしくて」 俺のこと考えてくれるお前が大好きだよ 胸がいっぱいになって……俺も何か伝えたくて、形のいい耳元に口を寄せた。心なしか陽だまりのような匂いがする。お前はこんなところも美しいんだな。 「ありがとう」 ありがとう。俺お前と出会えてよかったよ。持久走頑張ってよかったよ。だって雨の日でも俺を照らしてくれる太陽があるんだから。俺は雨の日だって、太陽のお前がいるから好きになれる。 なんて、くさいこと考えてたらスクリーンからは今の俺の心を表したような、太陽が映っていた。その暑苦しそうな太陽は、群青色の海とロウのような白い灯台を照らしている。夜はこの群青を照らす灯台で告白すると結ばれて、二人は今後の人生にも光がさすんだとか。 でも、それならこの映画の物語より俺の人生の方が光がさしているな。だって隣には太陽がいるんだから。俺が示してほしい太陽の光はお前だけだから。 *** 「結構おもしろかったな」 「まあね」 「なんだよ得意げな顔して」 「別に」 「気になるだろ~!教えろよ!」 「お前キスシーンの時、照れて目をそらしたでしょ」 「は、はぁ!?なんで知ってんだよ!」 「そりゃ気づくでしょ」 思わず笑みがこぼれてしまい、バカにされたと勘違いしたのかキラキラした瞳はジトリとしたものに変わっていた。今日1日で今まで知らなかったことが知れて嬉しいよ。この美しい太陽も、キスシーンに照れてしまうところとか、それを指摘するとムキになっちゃうところとか。走ってるだけじゃ知れなかったお前の一挙手一投足をこの目に焼き付けたいんだ。 ムキになるのはもうやめたのか、満足したような顔をして太陽は俺の方を見る。 「なんか、あの映画で俺も重ね合わせる部分があって」 「ああ」 「灯台の光に沿って最後二人が歩いて行ったじゃん」 「うん」 「サンシャインロードなのに太陽じゃないのかよって思ったんだけどさ、でも光の種類が何かなんて関係なくて、誰といるかが重要なんだよな」 「そんなこと考えてたのに急にキスが来たからびっくりしちゃったんだ」 「その話はもういいだろ!……まあその通りなんだけど、でも俺この映画お前と見れてよかったよ」 「何急に」 「だって、俺にとってお前は光のような人って思ってたから。いつも一緒に走ってくれてありがとな!俺お前と一緒にいるの楽しくて、本当は走ること以外もしたいと思ってたんだ」 ……何それ、なんなのそれ、こっちの台詞だよ。俺はお前と出会ってから学校が楽しみになったんだ。友達がいなくて、クラスでも浮いてて、体力ぐらいしか取り柄のない俺の人生を照らしてくれたのはお前なんだよ。 反応が返ってこないことに恥ずかしくなったのか、眩く輝く金髪を振り回してこちらを見てくれなくなった。 「ははっ!俺すっげー臭いこと言ってんな!さっさと帰ろうぜ!」 待ってよ。俺にも伝えさせてよ。 心臓がバクバクうるさい。沈まれ、聞こえてしまうかもしれないから、口から飛び出てしまうかもしれないから、でも届いてほしいこの気持ち。スタスタと振り向くことなく歩く金髪を震えた足で追いかけた。自動ドアが開いて、黒い闇の中に美しい金色が溶け込む。 「なんだよ、まだ雨降ってるのかよ。こりゃ明日も雨かもな……明日はお互い」 「俺は!お前のこと太陽だと思ってるから!」 「は?」 「俺だってお前といると楽しいから!お前が来てから俺の人生何倍も楽しくなってて、俺にとってはお前が太陽だから!」 「……なんだよ急に」 「あの二人よりも、俺の方が綺麗な光がさしてるから!お前がいるから、お前が綺麗な光だから!」 「は、恥ずかしいから、一旦止めて……!」 映画館の外に出たとはいえ、雨の中大きな声を出す男子高校生は異様に映ったらしく通行人がこちらを見ていた。俺は緊張のあまり傘もさしてなかったから、びしょ濡れで、制服がズシリと重くなっていく。こんなバカな姿を見たら呆れられてしまうだろうか。友達がいなかったせいで一番大事な人との接し方がわからない。 どうしたらいいのかわからなくなってオロオロしている俺に、金色の光が差し込む。 「あーあ、びしょ濡れになって……髪の毛傷むぞ」 「俺のはいいんだよ。お前の髪はダメ」 「なんだそれ!俺結構お前の髪好きだからケアしてくれよ」 「こんな黒髪どこにだっているだろ。お前の金髪はきれいだから帰ったらケアして」 「俺の金髪こそ別にもう珍しくないだろ、学校にはそこそこいるし」 「あいつら染めてるじゃん。お前地毛だろ?美しさが違う」 「俺の髪好きすぎかよ!」 「うん」 「俺もお前の髪大好き芸人なの!ほら、お前の黒髪って艶々してるから光に反射して綺麗なんだよな。どこでも照らしてくれる感じで」 「それはお前」 「じゃあ二人でケアしようぜ!この後俺の家寄れよ!」 「うん」 「……あと、さっきはありがとな。恥ずかしいからやめてなんて言っちゃったけど本当は嬉しかったんだ。でも、お前の方が太陽だから!それだけは譲れねえよ」 「俺も譲らない。きれいな光さしてるから」 「ちょっとネタにしてる?」 「まあ」 「はははっ!やっぱ今日映画見てよかったわ!それではこの綺麗な光の居住地に太陽様をご招待します!」 「名前に様付けやめて。恥ずかしいから」 「じゃあ行くぞ太陽!髪のケアは一生ものだ!」 「意味わかんないし」 名前負けしてるっていやになる名前だったけどお前がそう言ってくれるなら親に感謝しなきゃな。今日雨が降らなきゃこんな一面をいることはできなかったかもしれない。また雨が降ってくれないかな。胸の奥底に『明日も雨よ降れ』と願いながら、美しい黄金色の太陽の隣を歩く。
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