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転校生
『聞いた? うちのクラスに転校生だって』
『嘘! 男子? 女子?』
『男子! 職員室にいるところを見たんだけど、めっちゃイケメンだった!』
教室に入った瞬間、クラスメイトたちの噂話が耳に入ってくる。
私は思わず立ち止まり、隣にいるあきぽんと目を見合わせる。
「転校生だって」
私の言葉に、あきぽんはうなずく。
新しい変化に、わくわくしている表情だ。
「でも進級したタイミングじゃなくて、こんな4月の真ん中で転入してくるなんて……よっぽどの事情があったのかな」
「……そうかも」
私は素直に同情する。
パパも、どらかというと転勤族だ。
私の環境を考えて単身赴任に決めたらしいけど、一歩間違えば私も転校ばかりの人生だったかもしれない。
パパと離れ離れで寂しいのは嫌だけど、友達と離れるのもそれはそれで嫌だ。
ふと見ると、窓際の一番後ろには新しい椅子と机が用意されていた。
私の席はもう少し斜め前になるけど、結構近い位置だ。
期待と不安を抱いていたところに、担任の先生がやってくる。
「はい、みなさん席についてー!」
今日は、新しいお友達を紹介します。という漫画みたいな台詞に、私の胸は高鳴った。
「さぁ、入ってきて」
瞬間、クラス中の空気が膨らみ、弾けたような感覚に包まれる。
糸のように繊細な、輝く金色の髪。
絵の具を垂らしたみたいな、コバルトブルーの瞳。
背はおそらくクラスの誰よりも高く、担任の由紀先生よりも頭一つ大きく感じた。
少し緊張した表情は凛々しくも儚げで、おとぎ話に出てくる王子様みたいだ。
誰もが息を呑み、あるいは感嘆の息を吐き、教壇の横に立たされる彼に注目していた。
カッカッと、由紀先生がチョークを走らせる。
加治木ルイ。
それが彼の名前らしい。
おさかなみたいな名字は少し可愛らしく、ルイという冷たい響きを柔らかくしてくれているような気さえした。
「はじめまして」
まず、日本語であることに安心する。
その上で、少しだけ緊張した。
彼の第一声は、どこか温度感のわからない、堅苦しいものだったからだ。
もしかしたら加治木くんも見た目以上に緊張しているのかもしれない。
「イギリスにあるコーンウォールというところから来ました。日本人学校に通っていたので、会話には困らないと思います」
彼は最後に、よろしくお願いしますと告げてきれいに一礼する。
言葉を失っていた私たちは今更のように拍手で彼を歓迎した。
軽々しく、各々の席から好きなものや嫌いなものを尋ねたり、呼びかけたりして良いのかすらわからない。
先生は、それじゃあ窓際の一番後ろにある空いた席にどうぞ、と加治木くんを案内して、何事もなかったかのように出席を取り始める。
ガタン、と彼が席に着いた頃を見計らい、私はこっそり振り向いた。
加治木くんの姿を、もう一度確認したかったからだ。
「……あ」
思わず、声が出た。
一瞬だけ目が合い、思いっきり逸らされてしまったからだ。
加治木くんはそれからずっと窓の方を向いていて、前にはちらりとも視線を寄越さなかった。
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