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図書室は北側の旧棟にある。旧棟は昭和の初期に建築された重厚な建物で、天井が高く、いつもどこかひんやりとした空気が漂う。夏はほかの新しい建物より涼しいけれど、冬は古いサッシから入り込む隙間風で冷え込みが厳しい。
図書室には閉架書庫と司書室が併設されている。司書室と図書室の間仕切り壁は一部ガラスになっていて、司書室から図書室内の様子がうかがえる造りになっていた。
新学期が明けたばかりの図書室に人影はまばらだった。
図書委員会はまだ動き出していないから、貸出業務は司書教諭が担当しているはずなのだけど、カウンターには人がいない。
司書室をガラス越しにのぞき込むと、段ボールを抱えてうろうろする後ろ姿が見えた。
(うん………?)
その背恰好にほんのりとした既視感を覚えながら、司書室をノックする。
「はい」
返事からややあってドアが開く。そこから姿を現した三十前後の男性のその顔を一目見て、わたしはしばし呆然とした。
(まさか。いやでも)
「あの…本の貸出かな?」
「あ、いえ……司書の先生ですか?川本先生の後任の…」
「はい、そうです。深見と言います」
「国語の佐藤先生から、ご挨拶に行くようにと言われてこちらに伺いました。高三の松宮です」
頭の中は混乱したまま口だけがすらすらと動く。心底驚愕しているが、ほとんど顔には出ていないはずだ。我ながら外面はよく訓練されている。
「前期の図書委員会で、わたしが委員長になる予定です」
「ああ、あなたが。僕が4月にこの学校に来たばかりなもので、しっかりした生徒さんを委員長に推薦してくださると聞いています。これからよろしくお願いします」
生徒相手にも丁寧な受け答えをしながら、眼鏡越しににっこりと笑ったその顔に、はっきりと見覚えがある。
花冷えの3月の夜、バーでのひと時のあと酔いつぶれていた、あの人だった。
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