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  * (先生だったの?しかもうちの学校の) (引っ越してきたばかりって、赴任のために?) (まさか噓でしょう?)  暴走する思考を全力で押さえつけながら、真面目な顔を崩さぬままに挨拶と委員会のスケジュール確認をすませる。今日は用事があるので詳しいことは後日に、と早々に辞去を申し出ると、深見先生は初対面の体を崩さないまま、穏やかな笑顔でわたしを図書室から送り出した。 (酔っていたからわたしを覚えていない?それとも気づいていないふりをしている?)  正確なところはわからない、わからないけれど。  気づかれてはいない気がした。  ひっそりと夜の世界に漕ぎ出すとき、わたしは徹底的に大人を偽装する。  早くから伸びた身長のせいか、あるいは母親にそっくりなこの顔立ちのせいか、昔から年齢よりずっと年上にみられることが多かった。中学生の時分には二十歳過ぎだと思われることも珍しくなかったほどだ。  今や身長も体型もほとんど変わらぬ母がクローゼットに残していった服を身に着け、きっちり化粧を施せば、まず未成年を疑われることはなかった。  眼鏡をかけ、黒ゴムでそっけなく髪をまとめ、色付きリップさえ使わない学校での姿とは、写真を横に並べでもしない限り同じ人物とは思われまい。そう考えるとようやく気持ちが落ち着いてきた。それでも。 (これからどうしよう……)  逃げ出したい一心で必死に動かしていた足は、図書室から遠ざかるにつれ速度が鈍り、ついには誰に聞くこともできない問いかけを胸に、わたしは廊下に立ち尽くした。
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