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2.
それが来るときには予兆がある。
朝日をやけにまぶしく感じる日は要注意だ。ベッドから体を起こして間もなく、ちかちかと瞬くような光を瞼の裏に感じると、やがて片頭痛の波がやってくる。うまく寝付けなかった夜のあとにはよくあることだ。頭を締めつけるような痛みに眉をしかめながら制服に着替える。
「香子さん、顔色が悪いですよ」
家政婦の里内さんは、エプロンで手をふきながら心配そうにわたしの顔を見つめた。里内さんは、母がいなくなってから我が家に通いはじめて、もう三年以上になる。朝食の支度やわたしのお弁当まで準備するために、朝は7時前からこの家に来て仕事を始めている。
「ちょっと頭が痛くて…さっき薬は飲みました」
「お薬も飲みすぎるとよくないですよ。大奥様に良いお医者様を紹介していただきましょうか」
大奥様、は私の祖母のことだ。
里内さんはもともと祖母の家に勤めていて、祖母の紹介でうちに通うようになった。
「大丈夫ですから、お祖母様には言わないで」
「香子さんは我慢強くて無理をするから、心配です」
そういいながら、里内さんは朝食を配膳してくれる。朝は食の進まないわたしのために、お味噌汁に白米、煮浸しだけのシンプルな朝ごはん。高齢だが仕事は丁寧で、体調にまで細やかに気を配ってくれるこの優しい人に、わたしはいまだに心を開くことができずにいる。
「旦那様は、今日お戻りですか?」
「そう聞いていますけど、お父さんの予定はすぐ変わるから」
「まあ、まあ、旦那様も困ったものですねえ」
里内さんは眉尻を下げて嘆く。本当にその通りだ。
大学教授の父は、隙あらば海外のフィールドワークに文字通り飛んで行ってしまう。帰国日が伸びることもしょっちゅうで、ほかの仕事も滞るだろうに、と思うがお構いなしだ。
父が研究馬鹿なのは間違いないが、家に帰ることが少ない理由はそれだけではないのだろうと思っている。
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