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「香子ぉ、またお客さん来たよ。図書委員長を御指名」  昼休みの終わり近く、意味深な笑顔で佳奈美がわたしを呼びに来た。教室の後ろの入り口に、緊張した面持ちの女の子がこちらを覗き見ている。 (またあれか……)  小さくため息をついて立ち上がる。廊下に出ると、待っていたのは予想通り中等部の制服を着た図書委員のひとりだった。小柄な子で、向き合うと見下ろすような格好になる。「何か用?」と聞くと、びくりと肩を揺らした。 (そんなに緊張しなくても、取って食べたりしないのに)  普通の態度で接しているつもりでもやたら怯えられてしまう。優しい笑顔の一つも作れない、わたしの対人能力の低さが露わになる瞬間だ。 「あのっ…、カウンター当番のシフトって変えられますか?」 もてる勇気を振り絞って、という体で女の子が話を切り出す。 「一学期分はもう当番表を配布したから、都合のつかない当番の日があったら、別の委員に頼んで交替してもらうか、もう一人の当番に了解をもらって休んでください」 「えっと、お願いしたんですけど代わってもらえなくて…」 「都合が悪い日はいつなの?」 「都合が悪いんじゃなくて…当番に入りたい日があるんです…」 (ほらきた)  うしろからぷっと噴き出す声がして、振り返るといつの間にか佳奈美が教室の入り口近くでこちらを野次馬していた。軽くにらんだが、佳奈美は視線を逸らして素知らぬふりだ。 「……6月10日?それとも7月13日?」  向き直ってため息交じりに聞くと、驚いたように女の子が顔を上げた。その日は同じ男子生徒がカウンター当番にあたっている。この子はそれがお目当てなのだろうと話を聞く前から想像がついていた。
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