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「いや、顔に血の気がないですよ。また眠れていないの?」 「昨日はちゃんと寝ました」 「何時に?」 「………横になったのは1時くらい」 「夜更かししすぎです。たとえ寝付けなくてもせめて日付が変わる前に布団に入らないと…って、それから実際に寝ついたのは何時ですか」 「………」  声をひそめながら話しているうちに、校内ではきちんと引いていたはずの教師と生徒の境界線があやふやになっていく、その危うさを自覚してどちらともなくため息をつく。 「今週もうちに来ますか」 「できれば」 「わかりました」 「…ありがとうございます」 「そろそろ職員会議なので、僕はもう行きます。閉室時間になったら消灯と施錠をお願いしていいですか?」 「はい」  足音が遠ざかり、扉の閉まる音がしてようやく足が地に着いた気分になった、そのとき。  近くでギシリ、と椅子のきしむ音がして、わたしは息をつめた。 (……人がいる?)  この書架の奥には自習コーナーがあった。低い仕切りの向こうに人の頭は見えなかったから誰もいないと認識していたけれど、例えば机に伏せていたとしたら?まさか。  慌てて書架の端から自習コーナーを覗くと、果たして、こちらを向いた顔と視線がぶつかった。    中等部のネクタイ。やや茶色がかった髪。目を丸くしている幼さを残した顔に、子犬のように友達とじゃれ合っていたいつかの図書委員会での様子がオーバーラップする。 「…………」 「……きみ、瀬戸崎くんだっけ」 「………はい」 「今の、聞いてた?」 「…………ええーと…」  瀬戸崎くんの目が泳ぐ。ほとんどそれが答えのようなものだったけれど、ちらちらとこちらの出方を窺うような表情を無視してじっと眼鏡越しに見つめ返す。  佳奈美によく「怖いからやめて」と言われる無表情の凝視はここでも有効だったらしく、ぽきりと音がしそうな勢いで瀬戸崎くんがうなだれる。 「聞いてました……」  
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