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⑧ バス停『雨宿』はそこにある。
バスは、車内も普通のバスだった。乗客は、私とアレックスの2人だけ。アレックスは、最前列に座っている。私は最後尾に座る。停留所を見ると3人が手を振っている。私も思いっきり手を振った。
停留所『雨宿』。
幻のように、消えてしまうのではないだろうか。私はふとそう思った。
バスは、終点のバスターミナルに到着。途中乗って来る客はいなかったので、バスの中はアレックスと私の2人っきりだった。
「ほんじゃ、わちきはダンススクールに行くので、ここでお別れでありんす」
そう言って、アレックスはラジカセを肩越しに持って、颯爽と人ごみにまぎれていった。バスターミナルの壁に掛かっている時計を見る。
午後5時。そう言えば、お昼ご飯を食べていなかったな。そうだ、ロードサービスに連絡しなきゃ。私はケータイを取りだす。圏外の文字は消えている。
故障車は、ロードサービスがレッカー移動してくれることになったが、私は車を置いた場所の説明ができない。初めて行った場所で地名や住所などまったく知らないし。
強いて言えるとしたら、バス停『雨宿』から歩いて1時間40分ぐらいの道端ということぐらいかな。
「分かりました。では、明日ご指定の修理場にお越しください」
さすがロードサービス。後は任せたよ。
翌日、連絡のあった修理工場に行くと、整備された私の車があった。
「私の拙い説明で、よく場所が分かりましたね」
我ながらホントにそう思う。
「はい。バス停『雨宿』を目標にしていきましたから。すぐに分かりましたよ」
ロードサービス隊員が笑いながら答えた。やっぱりバス停『雨宿』は幻でも何でもない。実在する普通のバス停だったんだ。昨日の今日のことだけど懐かしさが溢れて来る。お父さんの言う通り、しっかり生きていれば、またみんなに会えるんだ。
正次君の声が耳に蘇って来た。
「ここには、『次回、乗合自動車の来る刻限は、雨降りて、雨宿り人、待ちにし時也』と書いているのです」
おしまい
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