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② バス停『雨宿』
発見!
突っ立ている標識版。その後ろには四角い待合小屋。まぎれもない、バスの停留所だ。自然と私の足は速くなった。何だ、こんな田舎でもバスが走ってるじゃん! 停留所の名前は……。『雨宿』と書かれてあった。ペンキのはげ具合が長い風雪に耐えてここに立っていたことを表している。果たして、バスは来るの? 私は、標識版の時刻表を見た。
「…………」
絶句。時刻表らしいが、数字ではなく何か文字が書かれてある。筆で書いたのだろう、達筆過ぎて読めない。奇異なのは時刻表に布で作った、てるてる坊主が吊されていることだ。
「雨宿? ここはあめやどって所? この時刻表、時間が書いていないし。廃線になったのかな」
振り向くと待合の小屋。木製のベンチが置いてある。どこにもバスについて分かる掲示物はない。とにかく疲れたので、ベンチに座ろう。
ベンチでふんぞり返っていると、いつ現れたのか小学生らしき少年が私の前に立っていた。半袖の開襟シャツに、黒い半ズボンと制服だ。頭には学生帽を被っている。それもクラシックな天井部が丸い黒の丸帽。
「お姉さん! こんにちは!」
いきなり大きな声で挨拶をされた。お姉さんと呼ばれたのは何年ぶりだろう。いつもは『おばちゃん』て呼ばれるからなあ。
「こ、こんにちは。君は、この辺りの人ですか?」
とりあえず、地元民かどうか聞いてみた。
「はい。神田正次と言います。小学4年生です。この辺りは神田姓が多いので正次と呼んでください」
はきはきしているし、言葉遣いも良い。
「あ、どうもご丁寧に。私は小日向陽子です。高校の先生をしています。あの正次君、ここはバスが走っているんですか」
「はい走っています。お姉さんは、よそから来た人ですね」
「うん、そうなの。それで、このバス停にはいつバスが来るの?」
「あ、やっぱり。分かりませんでしたか。あそこに書いているんですけど。やっぱりね」
時刻表を指さしながら正次君は鼻息を荒くする。
「な、何よ。そのやっぱりって言うのは」
「はい。よそから来た人は、この『雨宿』にいつバスが来るか大抵分かりません。時刻表が読めんのです」
「あ、ここは『あまやどり』って言うんだ。時刻表は、ミミズののたくったような字で、私には読めません」
「だから、僕が来たのです。家にいた母が、たまたまバス停にいたお姉さんを見かけて、おそらく時刻表が読めないだろうから、お前が行って読んでおやりと僕に言ったのです」
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