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⑤ オルガンさん 高校2年生
「アレックスさん! いつもながら、素晴らしいダンスですわ」
今度は、拍手をしながら少女が、近づいてくる。
「あ、オルガンさん!」
正次君が、少女の手を取って引っ張ってくる。高校生だろうか、濃紺のブレザーにスカートの制服。セミロングの髪にはカチューシャをしていた。少女は、私を見て優雅に礼をし、にこやかに挨拶をする。
「初めまして。こんにちは」
私は、どぎまぎしながら挨拶を返した。
「こ、こちらこそ。初めまして、こんにちは」
「陽子さん、この人はオルガンさん……じゃなくて、菊田小夜子さんです。高校2年生のお姉さんです。とっても優しいお姉さんです。僕が大好きなお姉さんです」
正次君は、上ずった声で紹介してくれた。
「菊田さんは高校生なのね。私は、小日向陽子です。高校の教員をしています。よろしくね。ドライブで来たのだけど車が故障して。途方に暮れていたらここに不思議なバス停があって」
私は、自己紹介をした。
「そうですか。車が故障されたのですか。それはお困りでしょう。でも、もうすぐ雨が降りそうです。大丈夫、バスはきますよ」
菊田さんは、確信を持っているような言い方をする。私は励まされる思いがした。
「オルガンさんは、バスを待っている人がいるといつもここでオルガンを弾いてくれるのです。だからオルガンさんなのです」
またもや正次君がドヤ顔で私に言った。
「ここで? オルガンを弾くの?」
私の問いに、アレックスが待合小屋の隅を指さす。初めて気づいたが棚のようなものがある。よく見ると足踏み式オルガンだ。
「今、はやりの駅ピアノじゃなくて、バス停オルガンやね。キクタサヨコが曲を弾くと、絶対雨が降るんよ」
汗を拭きながら、アレックスが言った。
「待合小屋からアレックスさんのダンスミュージックが聞こえたので、バスを待っているのかなと思って来てみました。初めてのお客様がいらしたのですね。小日向先生、私オルガンを弾いてもよろしいでしょうか?」
小日向先生と呼んでもらって、私は菊田さん……いやオルガンさんが愛しく思えた。
「どうぞどうぞ、よろしくお願いします」
私が答えると正次君が、
「あの、アメ……なんとかって歌がいいです」
と、リクエストをした。
「アメージンググレイスね。いいわよ」
そう言うと、オルガンさんはオルガンベンチに座り、背筋を伸ばしてペダルを踏み始めた。そして、『アメージンググレイス』を英語で歌い始める。その妙なる響きに鳥肌が立つほどの感動を覚えた。待合のベンチに座っていたアレックスもいっしょに歌っている。正次君は、英語の歌詞が分かるのか分からないのか不明だが涙を流して聞いているではないか。
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