3.あまごい

4/4
前へ
/7ページ
次へ
「ヨウさんからお聞きしているかもしれませんが、この地域はずっと昔から雨の少ない土地でして」  三人で袋を運びながら、アマネが説明する。 「雨乞いのお祭りや神事も、何百年も前から残っていて、ちょうど今日、町ではそれが行われているんです。ですが、一番確かなのはヨウさんの羊毛フェルトで……」 「立花さんの知り合いに、僕の大学時代の恩師がいてね。それ経由でこうやって手伝うようになったんだ」 「いつも本当に助かります、ヨウさん」  端で「へー」とか「ほー」とか相槌を打つレイは聞き逃さない。 (アマネさん、ヨウ君のこと下の名前で呼んでる)  最初こそ海野と名字呼びだったのに。「ヨウさん」に変わったのはわりとすぐだった。 「この辺で大丈夫でしょうか」  ダムを見下ろせる場所までやってきて、三人は袋を下ろす。  ダムはたしかに水位が低く、水不足、雨不足なのは深刻な問題のようだった。  けれどレイは、そんなことより二人の関係が気になって気になって仕方がない。会うのは久しぶりらしいのだが、そんな、仕事だけの関係なのだろうか? 「アマネさん、あたしには敬語じゃなくてもいいですよ。ずっとお姉さんなんだし」 「あ、ええと……これは癖みたいなもので……」  ちょっと困って笑う表情は、大人なのに可愛らしい。  レイはアマネの左手をちらりと見る。うん。指輪は無い。 「アマネさんて彼氏いますか?」 「えっ」 「レイちゃん!?」  ヨウから過去一で大きな声が飛び出した。 「なに言ってるの!?」 「いや、美人さんだし、気になるじゃん」 「だからって初対面で!」 「だ、ダイジョブですヨウさん! ダイジョブです!」 「ヨウ君だって気になるっしょ?」 「え……」  ヨウとアマネは二人して固まってしまう。  そして顔を見合わせて、苦笑。 「ええと、今は、いません……」 「……っ」  ヨウが息を飲む音が聞こえた。  それだけでレイは充分満足した。 (はっはぁぁぁぁぁぁん)  もしかして、という期待は、やっぱりな、という確信に近づいていく。 「と、とりあえず仕事しますね! 依頼を完遂しないと!」 「あ! は、はい、お願いしますヨウさん!」 「じゃ、あたしは見学してまーす。こっちおいで、ワタちゃん」  ワタを抱き上げて、レイは少し離れる。  ヨウは、いつか見たときのように、袋から次々にぬいぐるみを取り出しては空に返していく。数が数なので大変そうだ。  そうしていると、アマネが袋からひとつ取り出して、何かヨウに告げている。 「また、ひとつ頂いてもいいですか?」 「も、もちろんです」  ありがとうございます、とヨウに言ったときの表情は、とてもかわいい。なんてきれいでかわいい人なのだろう、とレイは思う。  レイが小学生の頃と比べて、ヨウの羊毛フェルトの腕前は段違いに上がっている。人にあげても、いや、お金をとれるレベルで出来がいい。何年前からこうやって依頼を受けているのかはわからないが、そのたびに彼女に、アマネにあげているのだろうか。  大量に羊毛フェルトを空に返してから、ほどなくして空が暗くなっていき、ぽつぽつと大粒の雨が振りだしてきた。  ここに至って、レイは傘を持っていなかったことに気づく。雨雲を作り出す羊毛フェルトを大量に運んでいたことを考えれば、雨が降るだろうということは想像できたはずなのに、うっかりしていた。 「ヨウ君、濡れちゃうよ」 「車に僕の傘があるから、外にいるならそれ使っていいよ」 「ヨウ君はどうするの?」 「平気。それより、もうちょっと確認しないと」 「でしたら」  と、赤いきれいな傘がヨウの頭上に広がった。  差し出したのはアマネだ。 「こうすればいいですね。私もお付き合いします」 「いや、でも」 「大丈夫です。私も、雨は好きですから」  にこりと微笑むアマネは、ヨウとの距離を詰めて一緒の傘の下に入る。  レイはもう興奮が止まらない。 「じゃあ遠慮なく傘借りちゃうね! えっへへ! ごゆっくり!」  ワタを抱いたまま、レイは駐車場へ駆けていく。  ちらりと後ろを振り返れば、相合傘の男女が何か話しているのが見えた。  その二人のたたずまいは、雨の風景にはとってもよく馴染んでいた。  レイにとって、ヨウは謎の多い人物だった。  親族だけど家族じゃなく、けれど一緒に過ごした時間は家族と同じくらい長く、濃い。ワタを巡る二人だけの秘密もある。  でもその裏で、こんなふうに人助けをしていたなんて。彼の社会性や人間性を少し知ることができて、それがなんだかとても尊く、いとおしい。  ヨウとアマネがどんな関係なのか、本当のところはわからない。けれど、幼い頃からずっと見守ってくれていた彼に、しあわせが降ってきてくれたらとても嬉しく思う。  雨よ降れ。もっと降れ。  二人がいつまでも寄り添えるように。  レイの腕の中で、ワタも相合傘を見つめていた。 (了) 
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加