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「なに、これ」
天井や壁を覆うように、空色の幕が張られている。幕の向こうにある窓からは西日が柔らかく差し込んでいて、壁や床に、いくつもの「ソレ」の影が落ちていた。
ぷかり、ぷかりと、レイの目の前を、白いかたまりが漂う。
青い部屋には、たくさんのぬいぐるみが浮いていた。それらは全て、ヨウがいつも作っている羊毛フェルトの作品だった。
犬や猫、クマやペンギンなど、主に動物の姿をしている。青い幕が張られた部屋に浮かぶそれらは、まるで青空を漂う白い雲だ。
「ヨウ君、これって……」
「二十個くらいでいいかなぁ。レイちゃん、手伝って」
壁に立てかけてある網を手にして、ヨウは手際よく宙を漂うぬいぐるみを回収していく。
大きな白い布袋を渡されたレイは、促されるまま袋に詰めていった。目をまんまるに、口はあんぐり開けたまま。
回収を終えると、ヨウは袋を持って車に乗り込んだ。
一時間ほど走り、着いたのは市街地を見下ろす峠道だった。
「この辺でいいかな」
車を降りたヨウは、後部座席に積んでいた袋を担いで道の端に立った。
「見て、レイちゃん。あそこが、兄貴がよく行くゴルフ場だよ」
「う、うん」
「兄貴が接待でゴルフに行くとなると、名前は忘れたけど、なんとかって取引先の偉い人も一緒だったはず。前に兄貴が言ってたんだけど、その人は雨が嫌いらしくて、まだ途中でも雨になるとすぐ中止にしちゃうんだって。そこで、これだ」
そう言いながら、ヨウは袋からぬいぐるみをひとつ取り出して空に掲げた。手を離すと、ぷかぷかと浮かび上がり、どんどん上昇していく。それを続けて、いくつも浮かべた。
しばらくすると、空にうっすらと、最初に手放したウサギのぬいぐるみと同じ形の白い影が見えてくる。
「ね、ねえヨウ君。なにしてるの?」
「ワタの毛で作った羊毛フェルトって、こうやって空に返すと雲になるんだよね。で、たくさん返すと、そのうち雨雲になる」
「……返すって?」
「ワタはね、空からやって来たんだ」
一緒に車に乗ってきていたワタが、レイの足元でじっと、空にできた影を見上げていた。
のんびりとした顔は、当たり前だが、何を考えているのかわからない。
ヨウの言った通り、翌日からは雨が降った。それは日曜まで続き、パパのゴルフも中止になった。にわかには信じられなかったレイも、信じるしかなくなってしまった。
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