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「ヨウさんからお聞きしているかもしれませんが、この地域はずっと昔から雨の少ない土地でして」
三人で袋を運びながら、アマネが説明する。
「雨乞いのお祭りや神事も、何百年も前から残っていて、ちょうど今日、町ではそれが行われているんです。ですが、一番確かなのはヨウさんの羊毛フェルトで……」
「立花さんの知り合いに、僕の大学時代の恩師がいてね。それ経由でこうやって手伝うようになったんだ」
「いつも本当に助かります、ヨウさん」
端で「へー」とか「ほー」とか相槌を打つレイは聞き逃さない。
(アマネさん、ヨウ君のこと下の名前で呼んでる)
最初こそ海野と名字呼びだったのに。「ヨウさん」に変わったのはわりとすぐだった。
「この辺で大丈夫でしょうか」
ダムを見下ろせる場所までやってきて、三人は袋を下ろす。
ダムはたしかに水位が低く、水不足、雨不足なのは深刻な問題のようだった。
けれどレイは、そんなことより二人の関係が気になって気になって仕方がない。会うのは久しぶりらしいのだが、そんな、仕事だけの関係なのだろうか?
「アマネさん、あたしには敬語じゃなくてもいいですよ。ずっとお姉さんなんだし」
「あ、ええと……これは癖みたいなもので……」
ちょっと困って笑う表情は、大人なのに可愛らしい。
レイはアマネの左手をちらりと見る。うん。指輪は無い。
「アマネさんて彼氏いますか?」
「えっ」
「レイちゃん!?」
ヨウから過去一で大きな声が飛び出した。
「なに言ってるの!?」
「いや、美人さんだし、気になるじゃん」
「だからって初対面で!」
「だ、ダイジョブですヨウさん! ダイジョブです!」
「ヨウ君だって気になるっしょ?」
「え……」
ヨウとアマネは二人して固まってしまう。
そして顔を見合わせて、苦笑。
「ええと、今は、いません……」
「……っ」
ヨウが息を飲む音が聞こえた。
それだけでレイは充分満足した。
(はっはぁぁぁぁぁぁん)
もしかして、という期待は、やっぱりな、という確信に近づいていく。
「と、とりあえず仕事しますね! 依頼を完遂しないと!」
「あ! は、はい、お願いしますヨウさん!」
「じゃ、あたしは見学してまーす。こっちおいで、ワタちゃん」
ワタを抱き上げて、レイは少し離れる。
ヨウは、いつか見たときのように、袋から次々にぬいぐるみを取り出しては空に返していく。数が数なので大変そうだ。
そうしていると、アマネが袋からひとつ取り出して、何かヨウに告げている。
「また、ひとつ頂いてもいいですか?」
「も、もちろんです」
ありがとうございます、とヨウに言ったときの表情は、とてもかわいい。なんてきれいでかわいい人なのだろう、とレイは思う。
レイが小学生の頃と比べて、ヨウの羊毛フェルトの腕前は段違いに上がっている。人にあげても、いや、お金をとれるレベルで出来がいい。何年前からこうやって依頼を受けているのかはわからないが、そのたびに彼女に、アマネにあげているのだろうか。
大量に羊毛フェルトを空に返してから、ほどなくして空が暗くなっていき、ぽつぽつと大粒の雨が振りだしてきた。
ここに至って、レイは傘を持っていなかったことに気づく。雨雲を作り出す羊毛フェルトを大量に運んでいたことを考えれば、雨が降るだろうということは想像できたはずなのに、うっかりしていた。
「ヨウ君、濡れちゃうよ」
「車に僕の傘があるから、外にいるならそれ使っていいよ」
「ヨウ君はどうするの?」
「平気。それより、もうちょっと確認しないと」
「でしたら」
と、赤いきれいな傘がヨウの頭上に広がった。
差し出したのはアマネだ。
「こうすればいいですね。私もお付き合いします」
「いや、でも」
「大丈夫です。私も、雨は好きですから」
にこりと微笑むアマネは、ヨウとの距離を詰めて一緒の傘の下に入る。
レイはもう興奮が止まらない。
「じゃあ遠慮なく傘借りちゃうね! えっへへ! ごゆっくり!」
ワタを抱いたまま、レイは駐車場へ駆けていく。
ちらりと後ろを振り返れば、相合傘の男女が何か話しているのが見えた。
その二人のたたずまいは、雨の風景にはとってもよく馴染んでいた。
レイにとって、ヨウは謎の多い人物だった。
親族だけど家族じゃなく、けれど一緒に過ごした時間は家族と同じくらい長く、濃い。ワタを巡る二人だけの秘密もある。
でもその裏で、こんなふうに人助けをしていたなんて。彼の社会性や人間性を少し知ることができて、それがなんだかとても尊く、いとおしい。
ヨウとアマネがどんな関係なのか、本当のところはわからない。けれど、幼い頃からずっと見守ってくれていた彼に、しあわせが降ってきてくれたらとても嬉しく思う。
雨よ降れ。もっと降れ。
二人がいつまでも寄り添えるように。
レイの腕の中で、ワタも相合傘を見つめていた。
(了)
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