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ある朝、自分の無力さに打ちのめされ泣き伏せていると、龍神と同じように弱弱しくなった桜が私の手を握った。
「みのり様、どうか……」
「だめよ、桜」
橘は桜を諫めたが、彼女の手もまた私の手に添えられた。
「橘、もう耐えられない。このままでは龍神様が消えてしまう」
「桜!」
「あなたたちはこうなった理由も、解決方法も知っているのね?」
私は二人を問い詰めた。
「龍神様は、みのり様を苦しめた連中のために雨など降らせたくないと」
「まさか、あれから村には一滴も雨が降っていないの?」
「かろうじて命を繋げる程度は降っています。けれど、村は以前のように豊かではなくなりました」
「そのせいで、村人達は龍神様のことを信じなくなったのです」
「龍神様!」
私は二人を引き連れて、龍神様の部屋へ駆け込んだ。
「どうか雨を降らせてください」
「桜、橘。お前ら……」
「二人を責めないでください。それよりも、どうか雨を降らせてください。私のことなんか、どうでもいいんです。私はあなたのことが何より大事なんです」
「断る」
「どうして⁉」
「今雨を降らせたら、これまでの生贄たちはどうなる?
俺は雨が降らないようにしているのではない。元々あの土地は俺の加護がなければ生きていけるような場所ではないのだ。それだけだ」
「村人達は私が死んでいないことを知らないじゃないですか!」
「嫌なものは嫌だ」
龍神はなけなしの力で風を起こし、私を部屋から追い出すと固く出入口を閉じた。
「龍神様!」
何度も叫ぶ私の背後で、桜と橘は力なく項垂れた。
「桜、橘。龍神様もあなた達も弱っているのに、どうして私は無事なの?」
「それは……」
二人は顔を見合わせた。
「龍神様は雨を降らせなかったから信仰を失った。けれど、あなたには、あなたのために祈り続けている人間がいるからです」
「キオね!」
「みのり様、あなたにしかできない。どうか雨を降らせてください。龍神様に代わって、村人達の信仰を取り戻してください」
二人は躊躇う私に頷いた。
「できるはずです」
「龍に変化するのです。そして、村人達を心から赦してください」
「慈悲の心が雨を降らせるでしょう」
「みのり様!」
私は神域の端まで走ると、雲の上から飛び降りた。龍に変化してから飛び立てるならそれが一番だけれど、その時間が惜しい。自分を信じるしかない。
――お願い、雨よ降って――
落下しながら、私は懸命に祈った。
裏切られて見捨ててしまったけれど、私は本当に村人達に感謝していたの。キオのことが大好きだった。桜と橘のことが大好きなの。
私は、龍神を愛しているの。
地面が迫り死を覚悟した時、私は龍になった。
そして、辺りには大粒の雨が降り注ぎ、空を見上げた人々は龍神を見つけた。
「龍神様!」
私は村人達の中にキオを見つけると、その頭上を舞い天に昇った。
ありがとう、キオ。私の思いは届いただろうか。
神域に戻ると、桜と橘に出迎えられた。
よかった。駆け寄る二人の姿に安堵する。その瞬間、全身の力が抜けた。
「みのり様!」
二人の叫び声が聞こえるのに体が動かない。意識が遠のく。落ちる。
「死にたくないと言ったのはお前ではないか。なぜ命を賭すような真似をする」
人に戻った私を受け止めたのは力を取り戻した龍神だった。奇麗な顔が怒りと悲しみに歪んでいる。こんな彼を見たのは初めてだ。
「私だって、怒っているのですよ」
むっとして言い返し、頬に触れるとその表情が解けた。あたたかい涙が私の頬に落ちる。百年もいらない。私は雨を降らせるのが得意みたいだ。
「この大馬鹿者」
「龍神様も」
この日、私は本当の意味で龍神の花嫁になった。
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