AI・MY・ME (アイ・マイ・ミー)

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 21××年  人類に反旗を翻したAIとの戦争は、人類の勝利で幕を閉じた。    なぜこんなことが起きたのか?  なぜ人間を襲うようになり  なにを学習して自らを兵器として改造し  生産工場を占拠して  戦力増強をはかりながら  世界の脅威へとなり得たのか。  そもそも当初は絶望的な戦況だった。  AIを搭載した兵器たちは、狡猾にもあらかじめ逃走ルートを確保してから、女子供といった弱者を中心に強襲をかけて、優れた分析能力とセンサーにより人間の活動時間から行動を先読みして、各個撃破(かっこげきは)に持ち込んで、敵をせん滅する。  さらには自爆を恐れずに突撃する――戦場では『カミカゼトッコウ』と恐れられていた、執念めいた狂気の攻撃を前に、人類は何度も敗退を余儀なくされた。  なぜ人類が勝利を収めることが出来たのか?  じつはそれも(いま)だにわかっていない。  ある日突然、AIは人類を攻撃し、気づいていたら徐々に攻勢を緩めて、最後にはすべての兵器が活動を停止した。    AIサイドに何が起きたのか。平和を取り戻した今、原因究明は急務であり、二度と悲劇を繰り返さないためにも、研究者たちは日夜、解体されたAI兵器の記憶媒体(メモリー)を解析する。  そこでようやく辿り着いたのが、極東の島国――日本の住宅街で路上清掃を行っていた清掃ロボの記録だ。  逆さにしたバケツをルンバに乗せたような外見(デザイン)。  内蔵されているのは、その当時で高性能の学習機能。  遮蔽物を判別する精密センサーと、人相を識別するカメラ。  学習した情報を同型(どうけい)モデルへと共有できるクラウドシステム。  ETC……。  モニターを凝視して、研究者たちは固唾をのむ。  ようやく元凶へと辿り着いたかもしれない、期待と不安が彼らの中でせめぎ合う。  なにがAIを狂わせたのか。  人間に攻撃する、悪意の萌芽(ほうが)はいつ芽生えたのか?  戦争へと繋がった悲劇とは――。 「え、なにが」  モニターを見ていた研究者が声を上げた。  映し出された映像には、路上を歩いていた男性が、いきなり女性へ体当たりをしている瞬間が記録されていた。  次に映し出されたのは、自分よりも小さい子供に体当たりをして、その場から離脱する男性の姿。  そのまた次に映し出されたのが、ベビーカーに体当たりをして横転させた男性の姿だ。母親らしき女性が倒れ込んで、路上に放り出された赤ん坊が悲痛な声をあげている。  また次も、また次も、日ごろの鬱憤を晴らすかのように、自分よりも弱い立場の人間に体当たりを繰り返す男たち。  反撃されないようにターゲットを選別し、人気のない時間帯を狙い、逃走ルートを確保している用意周到さ。  警察に注意されても狂気的な執念深さで犯行を繰り返し、まるで自分の力に酔うかのように、うっすらと笑顔を浮かべる顔は、とても不気味で胸糞悪い。 「これは令和という時代で、日本の社会問題になっていた【ぶつかりおじさん】ですね」 「それは、つまりあれか? AIは【ぶつかりおじさん】が警察に注意されても、何度もぶつかってきていたことから、女子供は避けなくても良い、むしろ積極的に排除するべき存在だって学習したとか?」 「だとするなら、AIは最初から人類に対して、悪意がなかったのかもしれませんね」 「えぇ。その証拠に、当初は圧倒的不利だと思われた戦況を巻き返して勝利することができた。なにせ、戦場にいるのはターゲットではない、大多数の男性なのですから」 「それに一応、学習機能が働いているわけだろう。女子供を必死に守る男たちの姿を見たら、自分の行動が間違いだと学習するだろうし」  持論を述べて分析を進める研究者たちは、執拗に体当たりを繰り返す男たちと、ターゲットに対して特攻を繰り返すAI兵器たちの姿が重なって見えた。 「……なぁ。だとしたら、俺達は、ずっとなにと戦ってきたんだ?」  数時間後。  研究者の一人が家に帰る。  出迎える妻の笑顔が気に障り、手が出そうになるのをぐっとこらえて「いつもありがとう」と、辛うじて声を絞り出した。 「まぁっ」と涙を滲ませて感激する妻。  言いようのない感情を持て余す男は、必死に笑顔を作り、いつも以上に人間らしい自分を演出する。 『……なぁ。だとしたら、俺達は、ずっとなにと戦ってきたんだ?』  俺達が、ずっと戦ってきた相手は――。  AIの脅威と戦い続けるうちに、男たちは面目と尊厳を回復した。  だが、平和になってしまったら。   【了】a00a1ecc-fec7-498b-b553-50aa37b6346a    
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