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  目が覚めると、もうすっかり()が落ちていた。  ネットで殺人事件を検索したが、まだ、あいつの屍体(したい)は発見されていないようだった。ローカルニュースもチェックしてみたが、なんの騒ぎもなかった。  やっぱり、雨が、現場におれがいた痕跡もなにもかも洗い流してくれのだ。よかった、よかった……と、外に出て、になったお祝いに雨の中でも開いているレストランへ行こうと着替えた。  服も、靴も、なにもかもがピッタリ。  うふふ、これこそ、心機一転、新規一転というわけさ。  口ずさみながら外に出て傘をひろげようとしたとき、 (あれれ……?) と、おれは驚いた、あっけにとられた。  雨が……降ってはいない。  エントランスにも道にも、雨が降ったあともない。 (ひゃあ……ど、どういうこと?)  雨が降ってくれなければ、小川に横たえてきたあいつは流されないではないか。増水で、流されてこそ、事故に見せかけることができるのだ。ま、たとえ殺人事件だと判定されてもいいように、おれの財布と免許証をあいつのポケットの中に入れておいた。ファスナー付きのポケットだから、流されても失うことはないはずだ。つまりは、永遠におれは死んだことになるのさ。そして、いま、この瞬間から、新しい人生がはじまるのさ。うふふ。ははは。ひひひ。  それにしても、考えに考えたことなのに、なぜ、雨が、降らない?  ま、今からでいいや、雨よ降れ、雨よ降れ……。  とはいえ、腹が減ってきた。  とりあえず行ったことのない高級レストランへ足を向けてやるか……とおもったとき、突如として、腹のあたりに痛みがはしった。 (ひ、ひゃあ……こ、これは……)  おれの思念の流れが揺れた。  倒れかけながら、見上げたすぐそばに、見知らぬ女が佇んでいた。  女の手にはナイフが……。  おれは腹から(したた)り落ちる血をみながら、仰向けに倒れた。  女は頭を突き出して、 「この詐欺師! 何人の女の子を騙してきたのよ! ××××ちゃんは死んじゃったし……」 と、囁くような小声で言ってきた。  おれは……薄れゆく意識のなかで、女がその場にナイフを投げ捨てる音を聴いた。 (現場に捨てちゃダメだろ)  一瞬、そんなことをおもった。  おれの体の上に、大粒の雨が降ってきた。  女はそのまま雨のなかを駆けていった。   なぜかおれは、いまになって雨が降ってきたのは、その見知らぬ女のために証拠を消し去るためなのかも……とおもった。  これも自業自得だと、笑いたくなったが、もはや痛みもなにも感じなくなった。女が現場に残していったナイフの指紋を流してくれることが、おれにはなぜかうれしくもおもえ、おだやかな気持ちにすらなれた。    この世でのおれの最期の願い。 「雨よ、もっと降れ……!」              ( 了 )
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