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私はついさきほど、人を殺しました。
一人押し付けられていた仕事を済ませた後の深夜、工場長が事務所から出てたばこを吸っているところ、私はうしろから近づき、奴の腰のあたりを何度も何度も刺しました。
抵抗されるかと思ったのですが、意外とそんなこともなく、奴はすんなりとその場に崩れ落ちてくれました。あたりに血が流れて地面の上に広がっていきます。
暗い夜でしたが、事務所のあかりがついていて、奴の顔がはっきり見えていました。その苦悶に満ちた顔を見ても、私は一切罪悪感が湧きませんでした。
それは私が今まで奴から受けてきた仕打ち――仕事の押し付け、責任転嫁、罵詈雑言、暴力。思い出すだけで悔しさがこみあげてきます。
私は地面に横たわる工場長を放置して一度工場へ戻りました。そのとき、転がっている奴がもしかしたら移動してその場からいなくなっているかもしれない。私はそのような思いに駆られ、心臓の鼓動が早まるのをおさえきれなかったのですが、事務所から人一人が入れそうなくらいの大きさの黒いポリ袋と、手袋、工場の倉庫から台車を持ってきて現場に戻りました。
そのとき、奴は血だまりの上ですでに事切れていました。口許はだらしなく開き、目はすでにうつろでした。
台車の上に袋を開いて置き、私は奴の体を持ち上げ膝を折り曲げると、それの中に入れました。奴は中肉中背でしたが、それでも人一人をポリ袋に入れるのはなかなか骨が折れる作業でした。
やがてしまい終わったあと、私は台車を押してその場を後にしました。
台車を人目につかない場所へ置き、寮へ音を立てないように戻ると、冷蔵庫からじゃがいもとバター、それから冷えた缶ビール、台所の上に乗っていた食卓塩を取り出してリュックサックに入れ、ライターも持ってきてそれもリュックに詰めて、アルミホイルと新聞紙も詰めて、すぐに部屋を後にしました。
それから私は夢中になって台車を押しながら走りました。決して人にバレてはいけません。ただただ必死でした。
走って走って、着いた先はひとけがない山奥でした。あたりは木々が生い茂っていて、あえて人が足を踏み入れようと思わない場所です。
私は台車からポリ袋をおろすと、袋のなかから工場長の死体を出しました。体育座りを横たえた状態で丸め、リュックから新聞紙を取り出すとそこに火をつけて奴の体めがけて投げました。
すると、新聞紙から奴の体に火が燃え移り、徐々に燃え上がったのです。奴の苦しむ顔はあえてこちらに向けてあります。
私はリュックからじゃがいもをとりだし、新聞紙でくるんでからアルミホイルでくるむと、奴のそばに置きました。
それから缶ビールのプルタブを開けて、喉に流し込みました。今まで好きなのに最近では味を感じなかったビールが、ここにきてこれほどまでに喉ごしが良く、特有の苦みも感じられるようになり、気がつくと私は泣いていました。
今までこちらを奴隷のように扱ってきた工場長のデスマスクを眺めながら飲む酒は、こんなに美味しいものだとは思いもしませんでした。
しばらくして、奴の皮膚が溶け始めた頃、私は手袋をした手でじゃがいもを手に取り、それを開きました。熱いそれを手で割り、リュックからバターを取り出してちぎると、それを開いたほくほくのじゃがいもの上に乗せ、塩を振りかけてからそれにがっつきました。
じゃがいもの甘味とバターのまろやかさに塩味がきいていて、こちらも最高に美味しかったです。私はそれでまた泣きました。
この男を一人殺すだけでこんなに幸福なことがあるのかと思い知ったからです。
ですが、心残りがひとつだけあります。
あのときは無我夢中で殺したものだから、やはり現場に残してきた血だまりがどうしても気になります。
テレビドラマで見た情報なのですが、雨で証拠が流されてくれれば警察はこちらを探すのは難しいと聞きます。
今、私はまだ燃え続ける死体に向かって膝をついて両手を合わせています。奴に対する合掌などでは決してありません。
願わくば、雨よ降れ。
ちょうど明日の天気予報は、朝から雨で、そして工場は休み、誰も出勤しないはずだ。だから、皆に気づかれないうちに証拠が洗い流されればいい。
雨よ降れ。
儀式のような光景で私は、自分一人が許されるために明け方までずっとお祈りを続けることにします。
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