透明人間の憂鬱

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 そんな俺も無事に七海という彼女ができ、普通に就職し、結婚できた。  透明人間であることを告白した時、てっきり、縁を切られるかと思ったが、七海は面白がるタイプだった。  食べ物がどのくらい消化されるのかを確かめるために裸で食事をさせられたのも、今となってはいい思い出だ。  いや、本当は忘れたい思い出だが、七海はよほど、面白かったのか、何度も思い出話として、持ち出すのだ。  さて、俺は透明人間としては気楽に生きてきたほうだ。  それが、結婚したことで最大のピンチを迎えた。  それは出産だ。  エコーで男の子らしいとわかった時、俺の頭には羊水に浮かぶ透明な赤ん坊の姿が浮かんだ。  母は俺を産むときにどうしたんだろう。  慌てて確認すると、透明人間と守秘義務を結んでいる産科医がきちんといるらしい。助かった。もしもの時のために透明人間やその家族の医者になる率は高いそうだ。  昔は普段の生活から離れた土地に行って出産し、生まれた後に逃げ出したりしたので、妊婦は大変だったらしい。  無事に出産が終わり、透明な息子を渡されて、その重みを味わった時、透明でもいい。たくましく育ってほしい。そう思った。  思ったが、その気持ちは裕太がハイハイを始めると、消え失せた。願いは「たくましく」ではなく、「おとなしく」だ。  赤ん坊でも人間の脳というのは優秀なもので、自分が裸になると親に気付かれないということを理解したようだった。  服もオムツも気がついたら、脱ぎ捨てて、どこにいるのかわからない。たくましく、行動範囲が広いので、居場所に気づくのはうんちやおしっこをした時というのは悲惨だ。  成長して、賢くなって、裸が恥ずかしいと思うようになった時はホッとした。  いい子になってよかったなあ。そんなのんきなことを考えていたこともありました。  自分が馬鹿だったのは中学二年だけど、裕太の方が俺より大胆だった。
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