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「雨よ降れ! 雨よ降れ!」
クラスの人気者である高橋照子が、廊下にて変な踊りをしながら窓の外へそう叫んでいた。その動きはさながら何かの儀式のようで、セリフからマジで雨ごいの手法であると言われても信じてしまうかもしれない。平凡な高校のお昼休み中であれば、そんな異様な女子高生は周りの人間から奇怪な目で見られても仕方がないだろう。
照子自体はとても可愛らしい容姿であり、モテるのも不思議ではない。しかし、この光景を見て、照子を好きになる男子はいないだろう。照子の髪がサラサラとなびく。ダンス部であるが故に動きのキレは良いのだが、意味不明な行動には奇妙さしか感じない。
一応照子の友達である私は、照子に待ったをかける。照子の肩に手を置き、照子をふり返らせる。
「アンタ、何してんの?」
照子の顔は止められた事に疑問を持っているようだった。いや、普通止めるでしょ。なんでそんな態度なのよ。照子は元々ひょうきんな子だが、ここまで奇妙な行動に移った事は無い。あったとしても高校では一度もした事が無い。
照子は純粋無垢な目で、私を見つめる。
「雨が降るようにお願いしてるの!」
「いや、それはまぁ見てたら分かるんだけど。いや本当だったら分かんないって言うんだけどさ、それはもういっそ置いておこうと思って」
それぐらいはスルーしておかないと、照子の友達は務まらない。
「分かるんだったらなんで止めるの? もっとしないと降らないかもしれないじゃん」
照子はぷくっと頬を膨らませる。その顔はとても整っているというのに、言っていることはカオスだ。照子と仲が良いのは光栄な事だが、こういう時には苦労する。
私は溜息を吐き、少し大きな声で照子を諭そうとする。
「そもそも、なんで雨降ってほしいのさ。やっと梅雨明けし始めたのに」
昨日まで雨続きだったが、今日からやっと晴れ始めると朝のニュースで知った。私のお母さんも「やっと洗濯物が干せるわぁ」とせいせいしていた。それなのに、照子の踊りのせいで洗濯物を濡らされては困る。
私は照子に説明を要求したが、その答えは更におかしなものだった。
「だって、今日家に傘忘れたもん」
は?
私の頭に浮かんだのはその一文字だった。私は照子におずおずと確認を取る。
「……傘忘れたから、雨降ってほしいの?」
「うん!」
逆では?
「せっかく傘を忘れたんだから、雨降ってほしいじゃん!」
私は頭を抱えた。こんなことは初めてだ。
「どういう事よ。もうアンタの事お手上げなんだけど」
「なんで分かんないかなぁ。普通の事じゃん」
「普通じゃないって」
照子の前に『普通』を説くのも変な話だが、照子にはこの言葉を使ってほしくない。照子は「分からずやだなぁ~」と私に言い、勝手に続けた。
「青春したいのは、普通じゃないの?」
「はい?」
やっと理解出来る文言は出てきたが、このタイミングで出てくる事が不可解だった。私が首をかしげていると、照子は笑顔で付け加えた。
「だって、相合傘した事ないもん。高校生の青春には絶対必要じゃん?」
……なるほど、そういう事ね。私はやれやれと再度溜息を吐く。
照子は単純に、青春っぽいイベントを経験したいだけだったのだ。雨が降る日に自分が傘を忘れてしまって……好きな人と、一緒に相合傘をする。その感情は私にも分かる。
照子が頼めば、きっと誰でも相合傘をするだろう。だってこの照子だ。どんな男子だって喜んで傘を差しだすに違いない。……私だって、そうするし。
私は卑屈っぽい声色を出しながら、照子に背を向ける。
「そっか、じゃあ降るといいね。どっかの男子とお幸せに」
「何言ってるの? 私は雨音と相合傘をしたいんだよ?」
自分の名前を呼ばれた為、反射的に振り返る。だがその台詞に、私はポカンとしてしまった。何故、私の名前が呼ばれたんだ?
「あっ! 雨音は傘持ってきた?」
「う、うん。いつも折り畳み傘持ってるから」
「良かったぁ~。二人でびしょ濡れになりながら帰るところだったね」
照子はふふっと笑うが、私はまだ状況が飲み込めていない。私が目をパチクリとさせていると、照子は窓を見て嬉しそうな声を出す。
「ほら! 雨降り出したよ!」
照子の声に、周りの生徒達が窓を見始める。そして口々にそれぞれ喋り始める。そのほとんどは不満の声だろう。すくなくとも照子のように喜んでいる人はいない。
「これで一緒に相合傘出来るね!」
「もう……仕方ないなぁ」
私は照子の頭をなでる。
「それじゃ、一緒の傘に入ろうか」
「うん!」
照子の笑顔は、光輝くひまわりのようだった。
(了)
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