鬼嫁の涙

7/7
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
 時計を見ると、もう九時が近い。課長に電話をしなくては。 「電話をしたいんですが、いいですか?」 「主治医の先生の許可が要ります。メールならここで構いません」  俺は急いで、課長にメールした。 『行けなくてすみません。お恥ずかしいのですが、昨夜自宅の庭で倒れてしまい、救急車で病院に運ばれたみたいです。今入院しております』  すぐに返信が来た。 『船橋君、大変だったな。すべて了解した。仕事は俺に任せて体を休めろ。完全に治ってから連絡しろ。くれぐれも無理するな』  返信を見て、ほっと安堵の息をついた。  午前中の院内回診で、「軽い肺炎ですね。あいにく、明日は日曜日なので、様子を見るために、二晩泊まってください。月曜日の朝に退院許可を判断しましょう」と言われた。  重病ではないとわかり、一気に気が楽になった。今日と明日は病院でゆっくり寝て、月曜日に退院し一日家で安静にして、火曜日に出社すれば、すべて元通りになるとひとりごちた。  味の薄い昼食を済ませたあと、つい、まどろんでいたようだ。  バタバタという足音が聞こえた。 「ヨウちゃん!」  大きな声とともに、嫁と二人の子どもが病室に入って来た。 「大丈夫? 死んじゃいや!」  嫁は俺の上半身をゆすった。俺は寝ぼけていて、反応が遅れた。 「ヨウちゃんに死なれたら、あたしどうしていいかわからない」  うっすらと目を開けた俺を見て、嫁は 「良かった! 意識が戻ったのね!」 と大騒ぎ。目に涙が宿っている。  まあ、久しぶりにかわいい嫁の姿が見られたので、もうしばらく重病の芝居を続けるとしようか。                  (了)
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!