鬼嫁の涙

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 去年の夏の里帰りのとき、連日残業が続き、ついつい面倒で、水やりをさぼったら、花の大半を枯らしてしまい、嫁が鬼のように激昂したのは強烈な記憶として残っている。  だから、嫁が、「花に水やりするのを忘れないでね」と言うのは、「今年も水やりを忘れたらただじゃおかないわよ」という意味なのだ。一度、「もし今年も枯らしたらどうなる?」と冗談のつもりで言ったら、「小遣いを一万円に下げる」と真顔で言われた。  冗談じゃない。子どもが生まれてから、小遣いは減る一方だ。最初は、三万円だったが、家を建てたら、二万三千円に減らされてしまった。この金額は、サラリーマン生活をするのにギリギリの額だ。これ以上減らされたら、つきあいができなくなる。そういうわけで、この里帰りの一週間の間の水やりはマストなのだ。  翌月曜日の朝、皆で一緒に高速バスで名古屋駅まで行き、そこで別れた。みどりは六歳、太一は四歳なので、別れるときは二人とも泣きそうな顔をしていて、俺も思わず、涙が出そうになった。そんなとき、嫁が「水やり覚えているわね」と一言。一瞬、嫁の顔が鬼に見えた。  子どもたちの姿が見えなくなると、とたんに頭が切り替わった。  さて、今晩はどこで飲もうか。考えるだけで、浮き浮きしてくる。もっとも、この一週間分としてもらったお手当は、わずか一万円なので、豪遊なんてできるはずはないのだが。  一日目は、ステーキ食べ放題とビール、二日目は同僚と飲み会。二日とも終バスに乘り、帰宅したのは、十一時過ぎ。とてもじゃないが、水やりをする気は起きない。二日くらいは大丈夫だ。  三日目、さすがに今日は水やりをしないとまずい、とはわかっていた。飲まずに帰る、という強い決意をもって、朝自宅を出た。
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