鬼嫁の涙

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 近くの居酒屋で、飲みながら夕食になった。俺は心の中で、水やりが気になって仕方がない。スマホでK市の天気予報を見た。またまた、雨のマークが先に移動している。こんなばかなことが……。  スマホを見てため息をついている俺に課長が言った。 「お前、何でそんなにスマホが気になるんだ?」  よし、だめもとで頼んでみよう。 「実は、新幹線の時刻表を見ていました。課長、お願いがあります。今なら、名古屋に帰れます。いったん、名古屋に帰って、明日の朝、一番で戻ってきてはだめでしょうか?」  課長はあっけにとられているようだった。 「どうしたんだ?」 「今週、嫁は二人の子どもと里帰りをしていて、家に誰もいないんです」 「それで?」  本当のことは言えない。課長が鬼嫁の話を面白がって誰かにしゃべったりして、それが万一嫁の耳に入ったら、大ごとになる。  俺は大きく息を吸い込んだ。 「ハムスターを飼っているんです」 「初耳だな」 「そのハムスターのえさと水替えが気になっているんです」 「そうか。生き物は心配だな。わかった。今から帰れよ。明日の朝戻って来い。多少遅れてもいいからな」 「ありがとうございます!」  俺は課長に最敬礼をして、居酒屋を飛び出した。  二十時三十六分発ののぞみに飛び乗って、名古屋駅に二十二時十分に着いた。バスセンターまで走り、二十二時十五分のバスに間に合った。団地に着いたのは、二十三時十五分。  やっと、我が家にたどり着いた。  カバンを玄関ドアの前に置いて、何はともあれ、水やりだ。  近所迷惑になるといけないから、ホースをできるだけ音がしないようにして引っ張った。  くそっ、ホースを持って歩いたら、花壇の煉瓦につまづいてこけた。煉瓦で脛をしこたま打った。ズボンの上からはわからないが、血が出たかもしれない。右足にじーんと痛みが走る。
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