鬼嫁の涙

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「パパ、わたしたちがいないとさみしい?」  長女のみどりが聞く。 「もちろん、さみしいよ。だけど、おじいちゃんとおばあちゃんが、みどりと太一に会いたがっているからね。パパはがまんするよ」 「パパも来たらいいのに」  長男の太一がまとわりつく。 「パパも行きたいんだけど、お仕事があるからいっしょに行けないんだよ」  今年も夏休みを利用して、嫁が子どもたち二人を連れて、明日から一週間、広島の実家へ里帰りをする。  以前は、太一がまだ小さかったので、俺も二泊三日の里帰りにつきあっていた。去年から、太一が大きくなったので、嫁一人で一週間里帰りするようになった。嫁も、嫁の両親も、俺に気を使わなくて済むので、内心喜んでいるはずだ。  俺にとっても、カロリー制限にうるさい嫁の目を気にせず、食べたいものを食べたり、飲みに行ける幸福な一週間だ。  ただ、その幸福もまかり間違うと地獄になる。嫁から言明されたのだ。 「花に水やりするのを忘れないでね」  何だ、簡単じゃないか、と世間は言うだろう。しかし、俺の場合は、ちと大変なんだ。  二年前、かなり無理をして団地の一戸建てを購入した。名古屋市内の土地は手が届かず、三重県のK市が精一杯だった。団地から名古屋駅までは、バスと電車の乗り継ぎが非効率なため、もっぱら団地から出る高速バスを利用している。乗車時間は一時間と長いが、座って通勤できるのでありがたい。  嫁の趣味はガーデニングだ。賃貸暮らしのときは我慢していたが、一戸建てを購入してからはその趣味がどんどんエスカレートして、庭に花が溢れている。ふつうに水やりするだけで、二十分は優にかかる。  システムエンジニアという仕事柄、定時に終わることは少なく、その上、夜の退勤時間帯を過ぎるとバスの本数がぐっと減るので、帰りがけっこう遅くなる。夜遅くの水やりはなかなか大変なのだ。
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