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「町田さんも、そろそろ認める気になりました? あの噂は本当だったって」
ザリ、と自分のあごひげをなでていた町田が顔を上げると、丸眼鏡のTシャツ姿の女性がいた。AD、アシスタントディレクターの梅原だ。せんべいを片手にニヨニヨしている。
「その話好きだな、ウメ。俺は信じないぞ」
「頑固ですねぇ」
バリボリという小気味よい音を聞きながら、町田は近くの木陰に目をやった。緩いパーマを左右に分けた青年、日野が、台本を確認しながら女優と言葉を交わしている。役の俺様キャラとは違い、いすに腰かけたリラックスした雰囲気なのに、彼には華やかなオーラがあった。
日野岳人。某所のアンケートで「ハグしてほしいイケメンNo.1」に選ばれた、今最も旬な俳優の一人だ。「絶対彼を使おう」とプロデューサーが息巻いていたこともあり、若者人気を狙って彼に白羽の矢が立った。
「日野がいる現場では絶対に雨が降らない」。そんな噂があるのは知っていたが。
「……もうCGで雨降らせてもいいんじゃないですか?」
梅原の提案を「馬鹿言うな」と一蹴する。
「リアルな雨じゃないと出せない空気感、それが重要なんだよ。特にこのドラマはな。何年もドラマやってきて、そんなことも分からないのか?」
「サンクコストってやつですかぁ?」
「人の話聞いてた?」
とはいえ、耳に痛い言葉だった。元々、雨降らし用の予算は多めに組んでいたが、アクシデントの連続でコストは膨らむばかり。場所代やら人件費やらも当然加わる。ここまで費やしたからには、とむきになっている面は否定できない。
いい加減諦めるべきなのか。だが、やはり雨の画は欲しい。でも、一体どうすればいい?
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