1

1/1
前へ
/8ページ
次へ

1

 昼下がりの公園で、日が陰った。  撮影スタッフ達は誰からともなく頷き合う。カメラはスタンバイOK、録音もOK。ドラマの主演である日野(ひの)岳人(がくと)も、ヒロイン役の女優も、表情を作って準備万端だ。  町田は自分の腹の前で指を組んで成り行きを見守った。そろそろおっさんと呼ばれる年だ、神頼みなんて柄ではなかったが、今は祈りたい気持ちだった。彼はチラリと、数メートル先でホースを構えるスタッフに視線を移す。  大丈夫、いける。あれはただの水ではなく塩水だ。食塩一袋を惜しみなく使った。これなら。  ホースのヘッドをひねった。スタッフの手元から塩水が噴き出した――のは一瞬だった。  ベシャッ。  突然ホースの途中が裂けて、塩水が辺りの芝生に広がってゆく。二本あるホースの両方が。 「だぁもう! カットだカット!」  町田は思わず叫んだ。厳密にはまだカチンコを鳴らす前なのだが、細かいことはどうでもいい。  ドラマ『冷たい雨は愛になる』の撮影現場は、という珍現象に苦しめられていた。  
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加