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昼下がりの公園で、日が陰った。
撮影スタッフ達は誰からともなく頷き合う。カメラはスタンバイOK、録音もOK。ドラマの主演である日野岳人も、ヒロイン役の女優も、表情を作って準備万端だ。
町田は自分の腹の前で指を組んで成り行きを見守った。そろそろおっさんと呼ばれる年だ、神頼みなんて柄ではなかったが、今は祈りたい気持ちだった。彼はチラリと、数メートル先でホースを構えるスタッフに視線を移す。
大丈夫、いける。あれはただの水ではなく塩水だ。食塩一袋を惜しみなく使った。これなら。
ホースのヘッドをひねった。スタッフの手元から塩水が噴き出した――のは一瞬だった。
ベシャッ。
突然ホースの途中が裂けて、塩水が辺りの芝生に広がってゆく。二本あるホースの両方が。
「だぁもう! カットだカット!」
町田は思わず叫んだ。厳密にはまだカチンコを鳴らす前なのだが、細かいことはどうでもいい。
ドラマ『冷たい雨は愛になる』の撮影現場は、雨が降らないという珍現象に苦しめられていた。
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