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部屋の隅にいるお医者さんの女の人の方が、丸くて力持ちに見える。去年会ったときのおばちゃんとよく似ている気がする。その隣にいる看護婦さんはお医者さんより細いけど、元気そうだ。
「あ、や……ユ……くん……」
かすかに咲お姉ちゃんの声がする。綾ちゃんっていうのは、僕のお姉ちゃんだ。
いつも僕に威張り散らかしているお姉ちゃんも、咲お姉ちゃんの前ではかわいい妹分になる。咲お姉ちゃんはお姉ちゃんにとって、憧れの人だ。
『憧れってなあに?』
『こうなりたいなぁって思う人のことよ。ユウにとってのヒーローと同じよ』
『お姉ちゃんが咲お姉ちゃんみたいになりたいなら、僕に優しくしてくれていいと思うよ。おやつ分けてくれるとか』
ママと話していたはずがお姉ちゃんの耳にも入り、取っ組み合いの喧嘩になった。そうなると体の小さい僕では勝てない。
パパに言わせると『ヒーローは勝ちを譲らなければならないとき』があるそうだ。パパはママに怒られた時、早く謝ってダメージが大きくならないようにしている。ダメージが大きいと、外で戦わなければならない時に100パーセントの力で活躍できないからだ。
それを戦略っていうんだ。
ヒーローは勝つために、毎日考えて行動しているんだって。
だから今日の僕は何が起きてもいいように、いっぱい寝て、ご飯もいっぱい食べた。もちろん苦手なトマトも食べてきた。
トマトを食べたって言えば、咲お姉ちゃんが褒めてくれるかもしれないから。
「咲ちゃん」
お姉ちゃんが呼ぶけれど、小さい声は外で鳴くセミの声で咲お姉ちゃんに届いてないみたいだ。それでもお姉ちゃんは咲お姉ちゃんの手をしっかり握っている。
「咲お姉ちゃん」
保育園で名前を呼ばれた時みたいに、大きく口を開けて咲お姉ちゃんの名前を呼ぶ。
咲お姉ちゃんのまぶたが動くけど、開くことはない。長いまつげが風に揺れて動いたように見える。
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