雨よ、降れ!

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 あれは一ヶ月前のことだった。    鬱々とした梅雨が明け、咲く花が紫陽花から蓮に変わり始めた頃、私は村の神社に向かっていた。    長い石段を登り切り、ふうと息をつく。    鬱蒼とした森の中は、まるで別世界のように冷んやりとした空気が漂っている。    鳴き始めた蝉のシャワシャワという音に包まれながら、朱色の鳥居をくぐり、本殿を目指す。スニーカーの踵が石畳を叩く音は、やけに軽やかだ。    そう、その日は珍しく雨じゃなかった。久しぶりに見る晴れ間に、私は心の底からウキウキしていた。   「よっちゃん!」 「みーちゃん。よかったね、雨降らなくて!」    本殿前で待っていたよっちゃんに駆け寄り、手を取り合う。    今日は「土地の歴史を調べる」という宿題のために集まったのだ。この神社を選んだのは、子供たちにはあまり人気がないから被らないだろうという、やや失礼な理由だった。    何しろ広くて不気味なのだ、ここは。    面積はゆうに山一個分。周囲を取り巻く森は常に薄暗く、油断すると、自分の居場所をすぐに見失ってしまう。焦って闇雲に歩いた結果、まるで狐に化かされているように、同じところをぐるぐると回る羽目になることも珍しくない。  電灯も数えるほどしか設置されておらず、日が暮れれば辺りは真っ暗だ。そのせいか、不思議なものを見たという噂話が後をたたない。    信仰深いお年寄りたちの中には、毎日欠かさずお参りに来ている人もいるけれど、明るい場所に慣れた子供たちにとっては、近寄りがたい場所という認識でしかなかった。   「じゃあ、まわろうか。まず、お参りしてからね」    一応、礼儀として神様に挨拶をしておく。    神様は祟るものだ。だから、決して怒らせたりしちゃいけないと、お婆ちゃんから口を酸っぱくして言われている。 「ねぇ、みーちゃん。今日みたいな晴れが続くように祈ってみたら? 効き目あるかもよ」 「え、そうかな?」 「うん。この神社のご祭神って、龍神様だし」  そういえばそうだった。みーちゃんの勧めに従い、両手を合わせる。今まではずっと、お正月に来るぐらいで、家族の健康や村の平和のことばかり祈ってきたから、自分のために祈るのは初めてのことだった。 (できれば、このまま雨女から解放されますように)    その時、ピンと強い耳鳴りがして、風もないのに周囲の木が一斉にざわめいた。   「わ、な、何?」    焦った声を上げたよっちゃんが周囲を見渡す。直後、木々の隙間からカラスの群れが空に向かって飛び立った。    嫌なタイミングだ。耳鳴りのこともあるし、何だか怖くなってきた。でも、今日みたいに晴れる日はなかなかないので、このチャンスを逃すわけにはいかない。   「さっとまわって、早く帰ろう。あんまり遅くならない方がいいと思うし」    私の言葉に頷いたよっちゃんの顔は、ひどく青ざめていた。
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