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「行きたくないなぁ……」
奥社へ続く石段の下で、私はぐずぐずと迷っていた。隣によっちゃんの姿はない。弟が熱を出したとかで、先に帰ってしまったのだ。
宿題を完成させるには、奥社のことも調べる必要がある。でも、私はこの奥社が嫌いだった。
何となく空気がどんよりとしているし、歩いていると常に視線を感じる気がする。だから小さい頃から、滅多に立ち入らなかった。のんびり手を合わせるなんてもっての外だ。何度お婆ちゃんに怒られても、これだけは譲れなかった。
しかし、行くとよっちゃんに宣言した手前、行かないわけにはいかない。諦めて、重い足を石段に乗せる。
徐々に狭く、角度が険しくなっていく石段に苦労しながら辿り着いた先には、苔むした石の鳥居があった。その奥には木で作られた質素な展望台があり、右手側には鬱蒼とした木々が、風に撫でられてザワザワと葉を鳴らしている。
相変わらず不気味な場所だ。それに、やっぱりあちこちから見られているような気がする。
怖い気持ちを押し殺して、展望台に近づく。出来るだけ奥社は後に回したかった。
この村は、四方を山に囲まれた盆地だ。
上から眺めると、いつもすり鉢の底を連想する。青々とした山の裾野には、田植えを終えた水田が一面に広がり、空の青さを反射していた。
「あ、私の家」
見慣れた瓦屋根を見つけて、思わず笑みが漏れる。何もない田舎だけど、私はここが好きだ。出来ることならずっとここで生きたいと思っている。
「……そのためにも、宿題やらなきゃね」
右手側の少し奥まったところに、奥社はある。創建は天正八年。まだ織田信長がいた時代だ。つまりは、めちゃくちゃ古い。
当時、この辺り一帯は旱が続き、大規模な飢饉に見舞われた。その現状を打破しようと立ち上がった村の巫女が、三日三晩雨乞いの儀式を行い、この地に龍神を招聘し、雨を降らせた。その後は龍神を土地神としてお祭りすることで、村は旱から救われたという。
ここまでは村の子供も知っている昔話だ。よくお婆ちゃんにも聞かされた。怖いので手は合わさず、奥社の横に立てられた由来書を見る。
『天正八年……鈴坂村を大飢饉が襲い……
巫女……龍神……契りを結んで夫婦となり……
雨……呼び……村を救………
末長く二つの御霊……奉り候』
「掠れてて、ほとんど読めない……」
でも、きっと昔話と同じようなことが書いてあるのだろう。取り敢えず写真に撮っておこうとスマホを取り出した時、背後からカラスの鳴き声が聞こえた。
カアー
カアー
振り返ると、真っ黒な目をしたカラスたちが、私をじっと見つめていた。
「何、気持ち悪……」
思わず素直な気持ちが口をついて出た。ゾッとしたからだろうか。心なしか、体感温度も下がったような気がする。
カアー
カアー
カラスたちは私を見つめたまま、鳴き続けている。まるで、奥社に手を合わさないことを咎めるかのように。
「何よ……」
距離を取るように後ずさった時、スマホが小さく震えた。よっちゃんからメッセージが届いている。一人で奥社に向かった私を心配して送ってくれたのだろうか。
『弟の熱が下がらない。お母さんにも連絡したけど、まだ帰って来ないの。私の代わりに、神様にお祈りしてくれない?』
よっちゃんは私が奥社を怖がっているのを知っている。その上で頼んでくるぐらいだ。余程切羽詰まっているのだろう。
背後の奥社を振り返る。鈴から垂れ下がった煤けた紅白の布が、私を誘うように風に揺れた気がした。
よく考えれば、下の本殿にはお祈りできるのに、ここには出来ないと言うのも変な話だ。
「よし……」
勇気を振り絞って奥社に近づく。今日のことは、恐怖を克服するいいきっかけになるかもしれない。下でしたのと同じように、手を合わせる。今度は、耳鳴りはしなかった。
「なんだ、何ともないじゃん……」
どうして、今まであんなに怖がっていたんだろう。ホッと胸を撫で下ろす。げんきんなもので、恐怖を克服した途端、目の前の奥社がどこにでもあるもののように見えてきた。
「どうしたの?」
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