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突然、真横から聞こえた声に、弾かれたように視線を向ける。
いつの間に現れたのだろう。そこにいたのは、黒い烏帽子をかぶって、白い着物を着た男の人だった。
大学生ぐらいだろうか。真っ黒な髪に反して、少し色素の薄い茶色い瞳を、長いまつ毛が縁取っている。スッと通った鼻筋は、まるで人形みたいに整っていた。
こんな神主さん、いただろうか。私が知っているのは、髪が真っ白のお爺ちゃんだ。最近、腰を痛めてそろそろ引退するかもと聞いていたから、後任の人が来たのかもしれない。
「お参り? 叶えたい願い事でもあるの?」
「友達の弟が熱を出して……それで……」
「友達のために? 感心だね」
芸能人みたいな美形にニコッと微笑まれて、思わずほうっとなる。魅入られるって、こういうことなのかも。
「君自身のお願い事はないの?」
あるといえば、ある。さっき、下でもお祈りしたように、今日みたいな晴れの日がずっと続くことだ。
「あります、けど」
「けど?」
「さっき、下でお祈りしたので……」
「ここでもしていきなよ。その方が、神様に届きやすくなるよ」
神主さんが言うなら、そうなのかもしれない。
でも、どうしてだろう。ここで、その願い事を言ってはいけない気がする。それが何故かはわからない。虫の知らせ? それとも第六感? 令和の時代にどうかと思うが、心の中の奥深いところで、誰かが駄目だと叫んでいた。
「どうしたの?」
最初と同じ問いをされる。もじもじと躊躇していると、スマホがまた震えた。
『みーちゃん、ありがとう! 弟の熱、下がってきた! 今度、お礼するね!』
「……効き目、本当にあるんだ」
スマホから奥社に視線を戻す。これはきっと偶然だ。実際には、飲ませた薬が効いてきただけだろう。
それでも、本当に叶うのなら。
(雨女から解放されますように)
そう祈った瞬間、ピン、と耳鳴りがした。
ごうっと音を立てて、一陣の風が吹き抜けていく。暴れる髪を必死に抑えていると、神主さんが低く笑う声が聞こえてきたような気がした。
「あれ……」
手にしたスマホの画面が真っ暗になっている。どうやら、充電が切れてしまったようで、うんともすんとも動かない。
「さっきまで、何ともなかったのに……」
これだと時間がわからないし、誰かに連絡して迎えにきてもらうこともできない。今はまだ明るいが、日が暮れ出すと早い。山を下りるなら、急がないとまずいかもしれない。
「あ、あの。私、そろそろ帰ります。暗くなっちゃうといけないから……」
「困ったことがあったら、いつでもおいで。神様はいつも、君を見てるからね」
機嫌よくニコニコと笑う神主さんに頭を下げて、奥社に背を向ける。
気づけば、カラスたちはいなくなっていた。
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