雨よ、降れ!

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「山火事だ!」  ハッと我に返り、駆け寄った展望台から村を見下ろす。轟轟と赤く燃える炎が村を囲むように広がり、眼下のそこら中で、怒号と悲鳴が飛び交っている。 「あーあ、派手に燃えてるね。この調子じゃ、村が飲み込まれるのもすぐだね」 「あなたがやったの⁉︎」  いつの間にか隣に来ていた男に詰め寄る。男は私の剣幕にも怯まず、飄々とした様子で肩をすくめた。 「なんのこと? 僕は何もしてないよ」 「ウソ! だって、こんな一気に燃え広がるなんて……」 「そりゃ、ずっと晴れが続いてて乾燥してたからね。少しの火種でも大きく広がるさ。誰かがタバコのポイ捨てかなんかしたんじゃないの? よくやるじゃん。人間って」  せせら笑う男に、何も言い返せなかった。確かに何度か、心無い人のせいでボヤ騒ぎが起きている。今回の件も、そのせいじゃないとは言えなかった。   「恨むなら、僕に力を返した自分を恨みなよ、巫女殿」 「私じゃない! あなたの言う巫女は、ずっと昔の人でしょう⁉︎」 「君は巫女だよ。僕の力、持って生まれてきたじゃん」 「力って……」 「雨を降らせる力」  体がビクッと震えた。私が「雨女」だったのは、ただの偶然じゃなかったのか。 「もうわかってるんでしょ? 君は巫女の生まれ変わりで、僕はこの地に封じられた龍神。僕は、君が戻ってくるのを、ずっとずっと待ってた。だって約束したもんね。僕のお嫁さんになってくれるって。長かったなぁ。だって、四百年以上だよ? いい加減、待ちくたびれちゃうよね。せっかくここに来ても、君はちっとも祈ってくれないしさ。よっちゃん、だっけ? あの子はいい仕事してくれたね。まあ、半分カラスに手伝ってもらったけど。取り憑きやすい人間でよかったよ」  あのメッセージのことか。ギリっと唇を噛み締める。私を罠に嵌めるために龍神はよっちゃんを利用したのだ。    「君が本殿と奥社の両方で祈ってくれたから、僕は自由に動けるようになった。ずっと押さえつけられて辛かったよ」  「む、村のみんなだって、ずっとあなたを敬ってきたのに」 「いや、別に僕、そんなこと望んでないからね。僕が欲しかったのは、君だけ。わざわざ天から降りてきたのも、君をお嫁さんにするためなんだよ。村人のために三日三晩祈る君は本当に素敵だった。だから力を貸したのに」 「そんなの、今の私に言われたって——」 「生まれ変わったから、何なの? 僕の恋心が、そんなことで消えると思う?」    龍神の瞳がギラリと光った。恋愛経験のない私でもわかる。もはやそれは、恋という名の執着だ。  神様は怒らせてはいけないと、お婆ちゃんは言った。でも、生まれる前から怒らせてて、挙句にストーカーだった時は、どうすればいいんだろう。  凍りつく私の耳に、村のみんなの悲鳴が聞こえてきた。悠長に話している間にも、村に迫る火の勢いは大きくなっている。もう一刻の猶予もなかった。   「こんなことって……」 「仕方ないね。人はいずれ死ぬものだから。でも、また生まれてくるよ。君みたいに」 「簡単に言わないで!」 「じゃあ、助けてあげなよ」  龍神が目を細めて私を見る。楽しくて仕方がないという顔だ。   「雨を降らせたいのなら、僕の力を貸してあげる。あの時みたいにね」    そう言って龍神は私に手を差し伸べてきた。この手を取れば、村は救える。でも、その代わりに私は龍神の嫁になって、普通の人生を歩めなくなる。家族やよっちゃんにも、二度と会えなくなるかもしれない。   「さあ、どうする? あとは君の決断次第だよ」    ニヤニヤと笑う龍神を睨み返す。私は愚かだった。自分の夢を叶えるために、甘い言葉に乗ってしまった。この結末は当然の結果だ。私の前世とやらも嘆いているだろう。    でも、そんなことはどうでもいい。私に出来ることを、やらなければ。    ギュッと、龍神の手を掴む。思ったよりも大きな手のひらは、まるで死人のように冷たかった。 「やっぱり変わんないなぁ。そんな君が大好きだよ」    破顔する龍神を無視して、空に両手を掲げる。  今こそ、雨よ降れ!
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